Act22.沙絢のマンション

 刹那は永遠を連れ、沙絢の部屋に戻った。


 二人ともボロボロで泥だらけだったため、皆に心配をかけてしまった。


 沙絢は直ぐに警察に連絡しようとし、刹那と永遠は慌てて止めた。


 鬼多見がここにいるという事は、アークソサエティの件は方が付いたのだろう。しかし、詳細が判らないので安心出来ない。それに、鬼多見と満留は戦っている。呪術合戦なのか肉弾戦なのか判らないが、下手をすれば鬼多見が満留を殴りつけている時に警官が到着という事もあり得る。


 そうすれば鬼多見は確実にお縄だ。アークの支部を潰した時も何とかしたようだが、今度の相手は芦屋満留だ。彼が使える手は、満留も使えるはずだ。アークよりもある意味厄介かも知れない、警察はギリギリまで介入させない方が良い。


「じゃあ、せめて手当を」


 沙絢は段ボールを開けようとした。


「だいじょうぶですッ、せっかく片付けたのに!」


「何言ってるのッ、役者は顔が命でしょ! それに、そんな血だらけの顔、誰かに撮られてもしたら、仕事に支障が出るかも知れないわよッ」


 SNSで何でも拡散する世の中だ、この部屋に入るまで誰にも見られなかったと思うが油断してた。


 刹那は顔を洗い、ティッシュを鼻に詰め直した。手脚のあちこちに出来た擦り傷も、消毒してもらう。


 その時、カシャッと音がした。


 小岸がスマホで写真を撮っていた。


「『御堂刹那、妹の着替えを覗いて鼻血出てるなう』っと」


「ちょっとッ、ナニしてんスか! しかも、今時『なう』ってッ?」


「ホント、これだからオジサンはイヤだねぇ」


 刹那に同調して優風が、うんうんとうなずく。いつもより冷たい言い方だが、それでも軽口を叩いている。小岸にしてもまだ心の整理もできていないはずなのに、刹那と永遠を元気づけようとして気を遣っているのだろう。


「わたし、おじさんのところに戻ります」


 永遠が居ても立ってもいられず、部屋を飛び出そうとする。


「待ってッ、あんたが行っても何にも出来ない! 叔父さんの足手まといになるだけよッ」


「でもッ、もしおじさんに何かあったら、わたし……」


 泣き出しそうな顔をする。


「本当にあんたは叔父さんが好きなのね」


「えッ? 別にそんなコト……。家族だから当然って言うか……」


 頬を赤くする。


「大好きなら信じなさい、叔父さんは強いんでしょ?」


「強いけど、それだけじゃ勝てない……」


 永遠の母は叔父よりも強い験力を持っているが、それでも狙撃され入院している。強いから必ず勝つわけではない事を、この子は知っている。


「しかし、本当に大丈夫なのかい? あの女、何と言うか……危険だ。やはり警察を呼んだ方がいい」


 東雲が真剣な表情で言う。


「だいじょうぶです、彼はあたしのアドバイザーです。あんなエセ陰陽師なんかに、絶対負けません」


 そうだ、今は鬼多見を信じよう。


「アドバイザー? 叔父さんじゃないの?」


 沙絢が不思議そうに尋ねた。


 ハッとして永遠も刹那を見上げる。


「あ……そ、そうなんです、実は……叔父も霊力があって、拝み屋やってて、それであたしのアドバイザーを……」


「そう言えば、永遠君は真言を唱えていたが、刹那君は使った事がないね」


 今度は東雲が細かいところを突く、観察眼の鋭い監督や役者は厄介だ。


「は、はい……その……あ、あたしは、霊力が弱いし、拝み屋なんかゼーッタイやりたくなかったので、修行をしなかったんです。

 でも、永遠はあたしよりもずっと霊力が強くて、叔父ちゃん子なので、色々学んでいるんですよ」


  みんな、お願いッ、このくらいでカンベンして!


「ふ~ん。やっぱ、永遠ちゃんがいれば、せっちゃん、いらなくない?」


「優風さん、だからそれはヒドいッ」


 思わず永遠の頬も緩む。


「永遠、もう少し待とう。必ず叔父さんは、満留をやっつけて、迎えに来てくれるから」


「でも、ここにいるって知らない……」


 結局、刹那は永遠と一緒に、次大夫堀公園に様子を見に行く事にした。


 ゲリラ豪雨の中、傘を差し、緊張しながらマンションを出た。


 公園に向かおうとしてすぐに、雨のせいで薄暗い外灯に照らされて、血だらけの男がずぶ濡れになって歩いて来るのを見つけた。


「おじさん!」


 永遠は駆け出した。


「だいじょうぶ?」


 自分が濡れるのも構わずに、傘を叔父の頭の上に持っていく。


「心配いらない、派手に血は出たけど傷は浅いし、止血は済んでいる」


 鬼多見は傘を、永遠の上に戻した。


 刹那も鬼多見に近づいた。


「ホントですか? ここに来た時からボロボロだったし、アークでも派手にやられたんでしょ?」


「おれは、そんなにひ弱に見えるのか?」


 ムッとしている。


「だって、現にボロボロに……」


「あれは朱理の爺さんとケンカしたからだ」


「え? お祖父さん、連絡取れなかったんじゃ?」


「湧いて出るんだよ、アイツは。アークの教祖をボコろうって時に、割り込みやがって……」


「で、どっちが殴るかでケンカになったと?」


「ああ」


 怒りが腹の底から湧いてくる。


「フザケるのもいい加減にしてッ! 永遠がどンだけ心配してるか考えたッ?

 永遠だけじゃないッ、早紀おねえちゃんだってそうだしッ……あたしも一応は心配してた」


「す、済まない。何もズッとケンカしてたわけじゃなく……」


「当たり前よッ、少しでも早く解決して、連絡しようと思わなかったのッ?」


 刹那の剣幕に、鬼多見がタジタジになる。


「あ、あぁ、本当に申し訳ない。朱理、ごめんな、もっと早く……」


「遅すぎるわよッ、今だって鬼多見さんにもしもの事があったらって……」


「姉さんッ、もういいから!」


 刹那と鬼多見の間に永遠が割って入る。


「生きていてくれたから……遅くなっても、来てくれたから……」


 永遠の瞳に涙が溢れる。


「おじさん、紫織も無事なんでしょ?」


「ああ、もちろんだ」


「良かった、みんな生きてる、今度はだれも失わなかった……」


「うん、うまく行った」


 鬼多見が永遠の頭に手を乗せる。今回、彼女は避けなかった。


「永遠、良かったね」


 刹那も永遠の頭に手を乗せる。


 三人を安らいだ空気が包んだ。


 雨はいつの間にか止んでいた。

 

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