Act20.沙絢のマンション Part1

 刹那たちは、東京駅に着くと沙絢が千尋と住んでいた、世田谷のマンションへ向かった。


 同行したのは舞桜を除いた声優陣と東雲監督、そして永遠だ。早紀は他のマネージャーが来ないことから不参加にした。沙絢のプライベートに立ち入る人間は少ない方がいい。


 それにしても、口は禍のもととはよく言った物だ。結局、早紀は長期休暇を返上して、東京に戻って来てしまった。刹那の副業は彼女の担当ではないが、永遠がいるのでそうも言ってられない。


 マンションに行く前に、六人でファミレスに寄った。今日一日、落ち着いて食事をしていないため、監督が先に夕食を摂ろうと言ったのだ。そこでも沙絢は浮かない顔をしていた。優風と小岸には、沙絢の家で浄霊を行うとだけ話してある、千尋との関係については触れていない。それでもこの二人は協力してくれた。


 食事の時ぐらい、嫌なことを忘れさせようとしたのだろう、優風は小岸といつものやり取りをしようとしたが、彼が乗ってこず空回りしていた。


 結局、重い空気のまま食事をする事になった。


 永遠も暗い表情をしている。たまたま街頭で流れるニュースを観て、アークソサエティが母がいる診療所を襲撃したのを知ってしまったのだ。


 そのニュースで無事も確認できたが、それでも不安は増すばかりだ。


 刹那は運ばれてきた小岸のコーヒーに、優風が何も言わずにスティックシュガーを三本入れるのを見つめた。彼が甘党だとは知らなかった。


 マンションは2DKで、玄関を開けると少し広めのダイニングキッチンがあり、その奥の壁にそれぞれ和室と洋間に続くドアがある。いずれも大きさは六帖だ。


 部屋には段ボール箱が幾つも並んでいた。沙絢は今月末で、ここを引っ越すらしい。


 本来なら誰にもこんな状況は見せたくなかったに違いない。


 恐らく千尋が亡くなって、家賃の負担が大変なのだろう。


「狭い上に、散らかっていてゴメンなさい」


「いいえ、あたしがムリを言って押しかけているんですから、こちらの方こそ申し訳ありません」


 刹那は沙絢に頭を下げた、隣にいた永遠も姉と同じ事をしている。今回の浄霊、予想通りに行かなければ、後は永遠に任せるしかない。出来ることなら、そんな事態にはならないで欲しい。


「それで、どうするんだい?」


 尋ねた東雲にも、千尋の住んでいた場所で浄霊をするから手伝って欲しいとしか言っていない。


 もちろん、沙絢には許可を取っている。今まで隠してきた部分を曝すことになるが、千尋が救われるなら構わない、それに隠すことにも疲れたと了承してくれた。


「はい、先ず、鮎瀬先生がなぜ現れたかについてお話しします。すでにご存知かと思いますが、先生は何か怨みや未練があって出てきた訳ではありません。


 誰かが呪術師に依頼したか、もしくは呪術師本人が何かの目的で、先生の『霊』を利用したんです。


 この見解はあたしだけではなく、アドバイザーの拝み屋も断言しています」


 刹那はその場にいる者たちの顔を、一人ひとり見回した。


「この中に依頼者がいるって、お前は考えてるのか? まさか、呪術師がいるなんて言わないよな?」


 小岸が不満げな声で言った。


「呪術師はいません。ですが、依頼者がいると確信しています」


「ダレなの?」


 優風が当然の質問をした。


「それを言う前に、なぜ、あたしが確信するに至ったかを話させてください。


 呪術師が依頼主を介さず先生を利用している可能性ですが、『星見会』でそれは低いと判明しました。


 先生があたしではなく、沙絢さんに向かったからです」


「どうして、そうなるの?」


 再び優風が疑問を挟んだ。


「あたしは、ある呪術師から狙われる心当たりがありますが、沙絢さんはありますか?」


「霊能者は刹那ちゃん以外知らないわ。占い師なら何人か知っているけど、彼女たちに霊感が本当に有るかすら判らない。そもそも、狙われる心当たりは無いわ」


 刹那はうなずいた。


「となると、呪術師が直接先生を利用しているとは考えにくく、誰かが依頼した可能性が高いです」


「この中に依頼主がいるという根拠は? 誰が依頼したかは、今の情報じゃ判断出来ないんじゃないかい?」


 批判的と言うよりは、この後の展開を楽しんでいるかのように東雲が聞いた。


「『霊』を呪縛するには、その人の肉体の一部が必要です。つまり鮎瀬先生と近い人でないと難しいんです」


「つまり、家族や友達、それに恋人ってこと?」


 優風の言葉を受け、刹那は沙絢の顔を見ると、彼女は覚悟を決めたようにうなずいた。


「それは私よ、この部屋で千尋と暮らしていたの」


「ホームシェアしてたんですか」


 沙絢は首を振った。そして本棚に残っているファイルから、一枚の紙を取り出して優風に渡した。


「これって……」


 優風が絶句し、隣から覗き込んだ小岸が驚愕の表情をする。


 それは世田谷区から発行された、同性パートナーシップ宣誓書だ。


「だから、ここを選びました、鮎瀬先生が帰って来たかった場所を」


 刹那は静かに言った。


「え……それじゃ沙彩さんが依頼したってこと?」


「そうなると、自分で自分を呪ったことになります。ただ、可能性として呪縛が失敗し、がえしが起こったという事も考えられます。でも、沙彩さんは知り合いに呪術師はいないと言いました」


「その言葉を信じる理由は?」


 真っ青の顔で沙絢を見つめながら、小岸が尋ねた。


「この状況で隠す意味はないでしょう。呪詛返しなら、手近にいるあたしか依頼した呪術師に解決を頼むはずです」


「たしかに、それは言えるね」


 東雲が納得したようにうなずく。


「そして、気になるのが先生が現れたタイミングです。これこそが依頼者を特定する鍵になると、あたしは考えています。

 あたしが先生の存在を初めて感じたのは、一昨日の開成山大神宮。この時はチラッと視界の片隅を影がよぎっただけでした。

 次に視たのがツアーバスが出発した時。バスを見送る人の中に死者が紛れているのに気が付きました。その後もこの『霊』はついてきましたが、姿が霧に包まれたようでハッキリ視えませんでした。

 そして『夏祭り』のステージ。この時はあたしだけではなく、みなさんが視ています」


 刹那は一旦言葉を切った。東雲は何か気付いたようだが、優風と小岸、そして沙絢も刹那が何を言いたいかまだ解らないようだ。


「それで、何が判るの?」


 優風は完全に困惑している。


「ある人物の動きと連動して、先生の視え方が変わっているんです」


「それが依頼主と考えているんだね」

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