Act15.阿武隈川 Part2

 永遠は今朝、フロントからの内線の音で目を覚ました。


 刹那が起きないので代わりに出ると、早紀が来たことを告げられたので、部屋に通すようお願いした。


 刹那を起こそうと努力していると、ドアがノックされた。


 開けると、早紀の他にもう一人、桑野高校のブレザーを着て学生鞄を持った女性が立っていた。


さんぺいさん!」


 女子高生に扮した女性は、人差し指を左右に振った。


「チッチッチッ、ボクの名前はあましようだと言ったろ、朱理ちゃん」


 彼女は本名をさんぺいしげと言うが、ビジネスネームで呼ぶことを強要する。


「この娘も朱理じゃありません、御堂永遠です」


 すかさず早紀も訂正する。


「おっと、ボクとしたことが、失礼。

 改めてお早う、永遠ちゃん」


「お早うございます」


「取りあえず、私は刹那を起こします」


 早紀は部屋に入って、乱暴に刹那の身体を揺すった。それでも刹那は「あと五分……」とか「今日は学校休む」とか言ってなかなか起きない。


「あの、ボンちゃんたちは?」


 ボンちゃんこと梵天丸は朱理が千葉から連れてきたクロシバだ。祖父は政宗という名の白い秋田犬を飼っている。今は二匹とも、叔父の従弟の明人と共に天城が匿っている。


「みんな無事だ。今のところ、アークが何か仕掛けてくる気配もない」


「よかった……」


「ボクとしてはヤツラが現れた方が、大義名分ができるから嬉しいんだけどね」


「え?」


「いや、何でもない。それより、永遠ちゃんも着替えたら」


 ナイトウェアのままだったのをすっかり忘れていた。


「はい。あ、どうして桑高のブレザーを着てるんです?」


 遅まきながら気になっていたので尋ねた。


「ああ、コレ? 『鬼霊戦記』に桑高をモデルにした学校が出てくるから、そのリスペクト」


「は、はぁ……」


 やっぱりこの人は変わっている。


 手早く身支度を調えて、早紀が買ってきてくれたコンビニのおにぎりで、刹那と一緒に朝食にする。


「そのまま聞いてください、島村さんに関してと今日のスケジュールについてです」


 眠そうにしていた刹那の表情が一変した。


「見つかったの?」


「ああ、もちろんだ」


 早紀に変わって天城が答えた。


「舞桜ちゃんは今どこッ?」


 飛び出す勢いで立ち上がった刹那を、天城は手で制した。


「高尾さんが部屋に連れて行った、今はそっとしておいた方がいい」


「それって、無事じゃないってこと?」


 天城は溜息を吐いた。


「怪我はしていない。ただ、憔悴しているから、少し休めば回復するだろう」


「何があったの?」


「守秘義務があるからボクの口からは言えない。本人か依頼主に聞いてくれ」


「なら、一つだけ答えて、解決できた?」


 意味深長に言い、天城の眼を覗き込む。


「もちろんだ、これは探偵の仕事だからね」


 天城は暗に拝み屋の仕事ではないと言っている。つまり、千尋とは関係ないと言うことだ。


「そう、ならいいわ」


 刹那はホッとしたように座り直した。


「喜んではいられません。島村さんが回復するまでには、まだ時間がかかります。しかし、八時にはバスに乗って、阿武隈川に移動です」


 永遠は天城に借りているスマホを見た、午前六時一四分。自分のスマホは戌亥寺に置いてきた。アークソサエティにGPSで追跡させないためだ。


 天城は職業柄、予備のスマホを何台か持っており、悠輝と朱理は一台ずつ借りている。


「高尾さんとも話した結果、ツアー会社には体調不良で阿武隈川散策は欠席、次の『鬼霊戦記星見会』から復帰すると伝えます」


 早紀は言葉を止め、永遠に視線を向けた。


「そこで、あなたに島村さんの代わりとして、娑羯羅のコスプレで参加してもらいます」


 早紀はここで口調を改め、申し訳なさそうに永遠の役割を説明した。ツアー参加者と会話をする事になるため、ボロを出さずにプロダクションブレーブの研修生、御堂永遠として対応して欲しいとの事だった。


「でも、あたしの衣装だと永遠に大きいかも」


「それならボクに任せてくれ」


 と言って天城は学生鞄の中から裁縫道具を取り出す。


「レイヤーとしてのたしなみだからね」


 永遠に衣装を着せると、天城は慣れた手つきで仮縫いしていく。


「ゴメンね。ファブっといたけど、昨日あたしが着たから汗臭いでしょ」


 刹那が恥ずかしそうに詫びる。


「ボクならむしろ大歓迎だね! 刹那ちゃんみたいな美少女の汗の匂いなら、お金を払ってもいいよ」


 平気ですと永遠は言おうとしたが、この一言で口をつぐんだ。刹那が気持ち悪そうに天城を見ているからだ。


「そんな顔することないだろ? それだけの価値が君にあるって事なんだから」


「いりません!」


 やれやれと天城は肩をすくめた。こんなやり取りをしつつも、彼女はテキパキと針を進め仮縫いを終えた。


「後はメークだな」


「メーク?」


「すっぴんで行くわけには行かないだろ?」


「そう……なんですか?」


 天城の言葉を確かめるために、早紀と刹那の顔を交互に見る。


「仕事で人前に出るんですから、当然必要です」


「もちろん、プライベートの時はいいけどね。あたしのメーク道具貸してあげる」


「じゃあ、そっちもボクに任せてくれ。顔を刹那ちゃんに似せよう」


「そんなこと出来るの?」


「レイヤーの、いや、探偵のメーク技術をなめるなよ。あ、このお代は刹那ちゃんのスメルでいいよ」


 刹那が顔をしかめる。


「マネージャー、この変態探偵、何とかして」


「刹那の匂いでいいなら、好きなだけ嗅いでください。それで経費が節約できれば願ったり叶ったりです」


 早紀はまったく気にしていない。


「ちょとォッ」


 ここでも天城は見事な腕を披露した。鏡に映る自分が別人のようだ。


「驚きました、小学生の頃の刹那にそっくりです」


 何気に傷付いた、永遠は中学二年生なのだ。


 刹那は永遠の隣に顔を寄せて、鏡を覗き込む。


「ホント、自分でもビックリ。これなら、黙っていてもあたしの妹と思われるわね」


「後は汗対策だね。冬ならいいけど、今の時期はメークが直ぐに崩れる」


「それなら、だいじょうぶです。わたし、暑さには特別強いので」


「そっか。じゃあ、そろそろ行った方がいいんじゃない?」


 時刻は七時半を過ぎていた。


「では、急ぎましょう」


「じゃ、荒木さん、刹那ちゃんのスメルはツケとくから」


「わかりました」


 有難いと言わんばかりに早紀は同意した。


「わかるなッ」

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