Act14.ビジネスホテル Part1

 ホテルのロビーには舞桜以外の声優と、東雲監督、マネージャーの高尾と優風を担当している山瀬健一が集まっていた。


「舞桜ちゃんがいなくなったって、どういう事です?」


 刹那は高尾に詰めよるようにして尋ねた。


「御堂さんが戻った後、舞桜も疲れたと言ってホテルへ向かったんです。具合が悪いようでしたから、無事到着したか確認するためにケータイに電話をしても出ません。念のため実家にも連絡しましたが戻っていないとの事でした。そちらは、いかがですか?」


 刹那は首を振った。


「こっちも同じです。ラインも既読にすらなりません」


 重い空気に包まれる。誰もが音楽堂に現れた、鮎瀬千尋を思い浮かべているのだ。自然に視線が刹那に集まる。


「警察へ連絡は?」


 沈黙を破り、刹那は高尾に現実的な対応を確認した。


「まだです、できれば大事にはしたくないですし」


 確かにそうだ、明日もツアーが残っている。下手に騒ぎ立てると、中止になってしまうかもしれない。


「こんな事になるなら、ムリにでも付き添うべきでした」


「舞桜ちゃんに送ると言ったんですか?」


「ええ。でも、大丈夫だと独りで帰りました」


 高尾は舞桜だけではなく、沙絢も担当している。沙絢もホテルに帰るなら、当然一緒にいくが、二人がバラバラならどちらかを選ばなければならない。舞桜が拒否した以上、ベテランの沙絢と行動するのは当然だ。


「その時の様子は? 自失と言うか、何かに憑かれたようじゃありませんでした?」


「いいえ。具合は悪そうでしたが、意識はしっかりしていて、その点ではいつも通りだったと思います」


 憑かれたのでなければ、何か独りになりたい理由があったのか。それとも、独りになったから千尋に、いや呪術師に狙われたのか。


「旅行会社には?」


 今度は早紀が尋ねた。


「そちらもまだです。御堂さんなら、何かわかるのではないかと思って」


「事故の可能性もありますし、どちらにしろ警察に確認をする必要がありますね」


「ええ、しかし……」


 高尾は言い淀んで刹那にすがるような視線を向けた。


 千尋が関わっているなら、警察は当てにならない。代わりに、刹那が見つけ出せるのではないかと期待しているのだ。


 残念ながら千尋が原因であっても、刹那には探し出す能力はない。


 永遠が早紀に何か耳打ちしている。


「舞桜ちゃんの失踪の原因はあたしにも判りません。取りあえず手分けして探しましょう」


「そうね、ジッとしていても仕様がないわ」


 沙絢が同意した。


「土地勘がないのにバラバラに動くのは効率が悪い、高尾さんはここで連絡を待ってくれ。俺と荒木さんの二組に分かれよう。で、そちらのお嬢ちゃんは?」


 東雲だけではなく他の面々も気になっていたのだろう、永遠に視線が集まる。


「あ、すみません。この子、あたしの妹で永遠って言います。アドバイザーが来ている時に、たまたま押しかけてきて」


「ほぅ、妹さんか」


「プロダクションブレーブ、研修生の御堂永遠です。社長にワガママを言って、明日のイベントを見学させていただく事になりました。よろしくお願いします」


 如才なく頭を下げる。


 シャイだと思ったが、いざとなると適応力を発揮するタイプらしい。


「責任はブレーブで持ちますのでご容赦願います。

 それと一つ提案があります。心当たりが無いのに、島村さんを探しても見つけるのは困難です。郡山の知り合いに探偵がいるので、彼女に捜索を依頼するというのはいかがでしょうか?」


「探偵?」


 早紀の提案に高尾は戸惑っている。


「ええ、彼女なら警察にもコネクションがあるので、公にせず島村さんが事故に遭っていないか確認出来ますし、ご両親に協力いただければプロファイリングで行き場所を特定できるかも知れません」


「なるほど……」


「もう、二三時を過ぎています。出演者の皆さんは、明日のために部屋に戻って休んだ方が良いのでは?」


「たしかに、荒木さんの言う通りだが……」


 東雲が顎に手を当てて考え込む。


「わかりました。費用はウチで負担するので、その探偵を紹介していただけませんか?」


「それでは、連絡します」


「じゃあ、ひとまず解散しよう。島村君の事は心配だが、ツアーイベントを疎かには出来ない。各自、部屋に戻って休んでくれ」


 東雲を含め、全員が重い足取りで部屋に戻っていった。鮎瀬千尋の出現が、舞桜の失踪と関わりがあると思っているのだ。つまり、神隠しや祟りで姿を消したのではないかと。


 その場合探偵は役に立つのだろうか。


 刹那もその可能性を恐れていた。鬼多見の話しからすると、呪術師に狙われたのか、依頼したのかで、失踪の理由も変わる。


 高尾の付き添いを断ったと言うことは、独りになりたかったと考えられる。ということは、後者の可能性が高い。


 思い返すと、舞桜は玄翁石から様子がおかしかった。バスが出発する時は、緊張していたが、不自然なところは無かった。と言うことはバスの中で何かあったのだ。まさか、千尋の霊に舞桜も気が付いたのだろうか。


 だとすると、彼女が依頼主だとは考えにくい。


  舞桜ちゃん、何があったの……


 早紀はロビーの隅でスマホで探偵に連絡していた。


「永遠、早紀おねえちゃんが言ってた探偵、アンタが教えたんでしょ?」


 高尾に聞こえないよう小声で話す。


「おじさんが話していた、ボンちゃん……犬たちと親戚を匿ってくれている人です」


 早紀が電話を高尾に渡した。


 高尾は、誰もいないところにペコペコ頭を下げながら話しをしている。


「どうだった?」


 戻ってきた早紀にたずねる。


「快く、とは言いがたいですが、引き受けてくれました。あの天城翔という探偵、なかなか面白い人物のようですね」


「ごめんなさい、叔父の知り合いなので……」


 申し訳なさそうに言う永遠の姿に、思わず刹那と早紀は吹き出してしまった。


「それじゃ、受付を済ませましょう」


 早紀は永遠の部屋を取るためにフロントへ行った。しかし、空きはなく、早紀が上手く交渉して自分の部屋を永遠に使わせることにした。


「お手数をおかけします」


「気にする必要はありません、これもマネージャーの仕事です」


「でも、わたしは……」


「研修生でも、あなたはブレーブ所属のタレントです。それに、どちらにしろ私は部屋で休む事なんて出来ないでしょうし」


 高尾が通話を終え近づいてきた。


「荒木さん、ありがとうございます」


 早紀にスマートフォンを差し出す。

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