Act13.鬼多見奇譚 参 戦慄の人造神 Part1

 悠輝が野外音楽堂に現れたモノについて説明している。現れた女性は鮎瀬千尋という名前で、『鬼霊戦記』のシナリオライターらしい。


 シナリオライターと聞いて、悠輝は複雑な表情を浮かべた。彼はシナリオライターを目指しているが、ほとんど仕事が来ず、何とか副業でこうをしのいでいる。


 朱理は、叔父の話しを戸惑いながら聴いている早紀の横顔を見つめていた。


 まさか、こんな所で早紀ちゃんと出会うなんて……


 刹那だけではない、朱理は早紀のことも知っていた。こちらも直接面識があるのではなく、かなり特殊な方法で知った。


 昨年一〇月、朱理は祖父の元で験力の修行をするため郡山へ引っ越した。


 修行を開始するにあたり、母が力を持つ事の危険性を教えるため、自分の記憶を朱理に追体験させた。朱理は高校時代の母となり、彼女の軌跡をたどった。


 その中に早紀が登場した。しかも、彼女は母の験力の犠牲となったのだ。


 母が親友の頼みを断り切れず、人の心を操作したため、早紀はそのとばっちりを受け深く傷ついた。


 親しい者の頼みを断れなかったせいで、意図せず他の誰かを不幸にする事もある。それを防ぐために、能力ちからが有る事を秘密にしなければならない。母は最後まで験力の事を早紀には明かさなかった。


 さすがの母も、朱理がこんな形で早紀に出会うとは夢にも思わなかっただろう。彼女に予知能力はないはずだ。


 叔父は母が早紀にした事を知らない。本来なら近しい人物なのだから、彼女に験力があることを知られるのはまずい。だが、今は緊急事態だ。


 だとしても、選りによってこのタイミングなんて……


 やはり運命は、いや『運』はあると思う。


 母が験力を持っている事を伏せるよう伝えたいが、コソコソすれば怪しまれる。まだ出会って一〇分程度だが、早紀は聡明な女性のようだ。もう母の記憶で見た、優しいだけの少女ではない。


「やっぱり呪術師が関わっているんだ」


 千尋の霊についての話しを一通り聴き終え、刹那が呟いた。


「ああ、御堂の予想通り、鮎瀬千尋の怨念なんかじゃない」


「で、呪いをかけている相手は判らないんですか?」


「それはこっちが聞きたい」


「例えば、あしみちとか?」


 刹那と悠輝が無言で視線を交わす。


「根拠は?」


「特にありません。ただ、郡山駅に着いた時、白檀に似た香を嗅いだ気がしました」


「それだけか?」


「それだけです」


 悠輝は溜息を吐いた。


「それだけじゃな……」


「ですよねぇ」


 刹那が苦笑する。


「誰が何の目的で呪術を使ったにせよ、あの時ステージ上にいた人間に関わりがあるのは間違いない」


 つまり、観客の中に呪われている人間はいない。


「呪術師に依頼したか、呪いの対象になっているってこと?」


 悠輝がうなずく。


「依頼者に心当たりは?」


 刹那は少し考え込んだが、首を左右に振って、早紀を見た。


「私も思い当たらないわ」


「そうか。御堂が呪われている可能性もある」


「こっちはバッチリ心当たりがある」


「芦屋か。だとすると、アイツが鮎瀬千尋と接点があったことになるな」


「それについては判らないわ。とにかく鮎瀬先生の人間関係を調べないと」


「まぁ、調べがつく前に御堂が殺されない事を祈るだけだ」


「美少女がピンチなのに、助けてくれないんですか?」


 悠輝の冷たい言葉に刹那が軽口で返す。


「サキねえちゃんなら無料だけど、御堂の場合は報酬次第だな、普段なら」


 悠輝は言葉を止め、真剣な表情をした。


「実はこっちも手一杯なんだ。申し訳ないが、今は力になれない」


 刹那は不敵にほほ笑んだ。


「そんな事だろうと思ってました、鬼多見さんが直ぐに会いたいなんて変だし。


 で、そっちは何があったんですか?」


「察してくれて感謝するよ。さっき話に出た、姉貴にも関わるんだが……」


「あ、あのッ」


 朱理は思わず大きな声を出してしまった。このままでは、無神経に母に験力があることを仄めかし、早紀を再び傷つけてしまうかも知れない。


「どうした?」


 三人の視線が朱理に集中する。


 とっさに声を出してしまったが、何も考えが浮かばない。


 どうしよう……


 朱理は覚悟を決めた。


「荒木さん、ごめんなさい!」


「え?」


 いきなり謝られ、早紀がキョトンとしている。もう、徹底して謝るしかない、例えゆるしてもらえなくても。


「あの、わたしのお母さ……母が昔、験力で御迷惑をおかけして」


「それじゃ、遙香先輩も」


「はい、それで……」


 朱理は自分が追体験した内容を早紀に打ち明けた。


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