Act12.ビジネスホテル

 刹那は撤収準備が始まると、鬼多見に自分が宿泊しているビジネスホテルで会いたい旨をメールした。本来なら明日に備えて、なるべく早く休みたいところだが、この状況ではそうも言ってられない。


 監督に事情を説明すると先に帰ることを快諾してくれた。他のメンバーも千尋の事が気になるのだろう、なぜ彼女が姿を現したのか、その理由を聞いてきてくれとしつこく頼まれた。


 開成山公園の向かいに郡山市役所があるので、そこでタクシーを捕まえて、早紀と二人で宿泊先に向かった。


 ホテルに着くと急いでシャワーを浴びた。汗だくで我慢できなかったのだ。それに、この状態で人に会うのは失礼だ。


 ユニットバスから出て髪を拭いてる最中に、フロントから鬼多見が到着したとの連絡が入った。


 白いTシャツに黒のハーフパンツ、ノーメークというプライベート丸出しの状態だが、これぐらいは我慢してもらおう。


 すぐにドアがノックされた。早紀が立ち上がろうとしたが、面識がある自分が出た方がいいと思ったので、手で制してドアを開けた。


「疲れているところ、済まない」


 鬼多見の後ろに一人の少女がいる。忘れもしない、昨日リハーサルの最中に見ただ。今も身体を包む焔が視える。


「あなた……」


「は、初めまして、真藤朱理です」


 人見知りなのだろう、鬼多見の背中に隠れるようにして小声で挨拶をした。


「昨日、リハを観に来てたでしょ?」


 少女は驚いたように眼を見張った。


「あ、あの、ごめんなさい……」


 消え入りそうな声で謝る。


「別に誤る事なんてないわ。

 改めて、初めまして御堂刹那です。どうぞ中へ」


 二人を招き入れると早紀が立ち上がり頭を下げる。


「お世話になっております、プロダクションブレーブの……」


 早紀の動きが止まり、マジマジと鬼多見の顔を見つめる。


「悠輝……くん?」


「え……」


 今度は鬼多見と朱理が早紀を見つめる。


「サキねえちゃん……?」


 刹那は鬼多見のこの一言を聞き逃さなかった。


  サキねえちゃん、だと?


「やっぱり、悠輝くんだ!」


 早紀は鬼多見に駆けより抱きしめた。


「なッ?」


 刹那は早紀の大胆な行動に思わず声を上げた。


 見ると朱理も驚いて、口をポカンと開けている。


「大きくなったねぇ」


 早紀が泣き出しそうな、それでいてとても嬉しそうな顔をする。こんな表情の早紀を見たことがない。自分と再会した時でさえ、これほど感動してはいなかった。


  フラグが立ったッ、間違いなく突き立てられた!


「そりゃ、あれから二十年ぐらい経ってるし。

 サキねえちゃんも見違えたよ、メガネもしてないし、大人っぽくてキレイだ」


「メガネだと邪魔だからコンタクトにしたの。それに、『大人っぽく』じゃなくて、『オバサン』になったでしょ?」


「そんなことないッ、本当にキレイだよ」


「フフフ……ありがとう、悠輝くん」


 鬼多見も頬を赤らめる。


 刹那は居たたまれず、ゴホンッと咳払いをした。


「お二人は、どういう関係なんですかッ?」


「あ、ごめんなさい。新幹線の中で話したでしょ?

 わたしは学生の頃、いぬってお寺で少林寺拳法を習っていたの。そこの師範の御子息が悠輝くんで、よく遊んでたのよ」


「へ、へぇ~」


 何だかジェラシーを感じる。そもそも、早紀を「おねえちゃん」呼ばわりしていいのは自分の特権だ。


「そう言えば、はる先輩とほうげん先生は元気?」


「それは……」


 鬼多見はそこで言い淀んだ。見ると朱理もうつむいて暗い表情をしている。


「実は、ここに来たのは、その事も関係してる」

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