Act10.開成山 Part3

 思わず聴き入ってしまった沙絢の唄が終わり、刹那と舞桜はステージに戻ろうとした。


 後はしめの挨拶をしてイベントが終了する、はずだった。


 ステージに上がった途端、違和感を覚え、手前の堀に視線が引き寄せられる。


 水面に人が立っている。


 それが今日憑きまとっていた『霊』だという事は直ぐに判った。


 しかし、違う点が二つある。


 一つはぼやけておらず、ハッキリ姿が視える。ショートカットの三〇代半ばの女性だ。


「どうして……」


 小岸がおののきながら呟いた。そう、二つ目の違いは、刹那以外の人間にも見えている事だ。


 ステージにいる全員と観客が彼女を見ている。


 刹那は彼女に見覚えがあった、制作の討ち入りの時に監督から紹介された。名前はあゆひろ、『鬼霊戦記』のシナリオライターで、アニメ制作の最中に急死している。そのため、最終回のエンドクレジットには「この作品を鮎瀬千尋氏に捧げる」と一文が添えてあった。


 彼女は虚ろな眼でステージを眺めていたが、出演者に引き寄せられるように舞台に上がろうとした。


「千尋……」


 沙絢が目に涙を溜めて数歩近づいた。


 次の瞬間、闇の中から白い影が空中に躍り出て、両端が尖っている金属の棒、とつしよを千尋に向かって放つ。


 独鈷杵は千尋の身体を貫き、ステージに突き当たると弾けて堀へ落ちる。同時に彼女の姿もかき消えた。


 白い影は空を蹴り、宙を舞い、闇の中に消えた。


「鳳羅須……?」


 優風が困惑しつつ呟いた。白い影は彼女が演じているキャラその物だった。鳳羅須は白装束をまとい、針手裏剣を使う。そして、空中を歩く異能力がある。


 実際、先ほどの影は白いシャツに白いデニムを身に着けていて、投げたのは針手裏剣ではなく独鈷杵だ。


 それでも優風の一言が刹那に閃きを与えた。


「奴が修羅のしんめい……鳳羅須。

 フッ、やっと姿を現したか」


 状況に着いていけないのか、呆然としている小岸にアイコンタクトする。


「ぎゃぁああ……顔が、アタシの顔がぁッ」


「徳叉迦、お前の云った通りだ。お前は、あたくしの望む通りに動いてくれた」


 刹那の意図を的確に汲み取り、小岸がアニメの一場面を再現する。


  さすが先輩!


 普段は刹那をオモチャにしたり、いい加減だったりするが、いざという時はとても頼りになる。


 優風たちも後に続く。


「娑羯羅たちが追ってくるッ、お前は逃げろ」


「彩香を助けに行くんでしょ? なら、わたしも一緒に」


「お前が来ても足手まといになるだけだ!」


「それだけ? あたしを連れて行きたくない理由」


「………………」


「真明くん、うなされながら言ってた。彩香のことを殺すって」


「光奈ッ、ここでなにしてるの?」


「彩香ッ?」


「貴様……」


「ダメッ」


 今度は舞桜が刹那に眼で訴えてきた。


「はいッ、ありがとうございましたぁ~!

 最後のサプライズイベント、いかがでしたでしょうか~?」


 客席から盛大な拍手と歓声、そしてウェーブが起こる。


 かなり強引だが、観客を誤魔化すことが出来たようだ。無事、とは言いがたいが、何とか一日目のイベントを終えられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る