Act10.開成山 Part2
開演時刻の午後七時になり、刹那は舞桜と一緒にステージに上がった。
音楽堂の観客席には、二百人近い人がひしめき、刹那と舞桜の登場に歓声を上げる。
「娑羯羅ぁ~!」「光奈ぁ~!」とキャラクターの名前や、「刹那ぁ~!」「舞桜ちゃ~ん!」と芸名を叫ぶファンもいる。
ライトが眩しくて観客の姿はよく見えないが、人数の多さと熱気を感じる。単独でイベントをやっても、これだけ自分の名前を叫ばれた事はない。驚きと喜びと緊張で頭が真っ白になる。
隣を向くと舞桜が口をパクパクしている。
あたしがしっかりしなきゃ!
刹那、ハートで乗り切れッ、ハートで乗り切れッ!
「みなさ~ん、今晩はー! 司会を務めます、『鬼霊戦記』
さっきよりも多くの観客が「刹那ぁ~!」と叫ぶ。
「お、同じく、
今度は舞桜コールが起こる。
「ちょっと噛んだね、緊張してる?」
「き、緊張なんてしてないしッ、みんなが来てくれたから、ちょっとだけ嬉しいだけだし!」
刹那のツッコミに舞桜がツンデレキャラで返す、この調子なら大丈夫だろう。
「それでは始まります、『鬼霊戦記夏祭り』。『聖地巡礼ツアー』で参加してくれている方も、」
「お忙しい中、『夏祭り』に来てくれた方も、」
「「最後まで楽しんでいってくださいッ!」」
見事に声がハモった。
刹那と舞桜はステージの下手に移動する。
「それでは、今夜の出演者を紹介します!」
「
「
「
「そして、
一人ひとりステージに登場する度、歓声が上がる。一際大きいのが優風と小岸だ。
全員がステージに揃うと作品に関するトークが始まった。しかし、今回はそれほど時間を取っていない。明日の『星見会』がプラネタリウムでアニメの映像を流すので、そちらで詳しく話す予定だ。
『夏祭り』ではウェブラジオの公開録音が行われた。
また、東日本大震災の時、郡山出身の東雲が東京で何を思ったのか、祖母が郡山に住んでいる優風は何を感じたか、そして郡山に在住していた舞桜はどうしていたのかについても、刹那がインタビューする形式でトークがされた。
東日本大震災が、アニメ『鬼霊戦記』を制作する大きな切っ掛けになっていたからだ。
舞桜はここでも、当時を思い出したのか、言葉に詰まる事が多かった。
そして、それらが終わると刹那にとっては鬼門の『歌』が待っている。
だいぶ緊張がほぐれてきたが、再び緊張が高まる。
刹那と舞桜がエンディングを先に唄い、その後、沙絢がオープニング主題歌を唄う。刹那たちは沙絢の前座的な役割なのかも知れないが、そう思っても気は楽にならない。
衣装替えのため刹那と舞桜、そして沙絢は控え室へ戻る。その間、優風と小岸、そして東雲がトークで繋いでくれる。
控え室に聞こえてくるのは、東雲の開成山公園に関する思い出話だ。優風も子供の頃、祖母に連れられてきたと応じて、来たことがない小岸がマイノリティになっている。
前回のウェブラジオ収録を思い出し、笑みがこぼれる。
衣装替えが終わった。このステージ衣装は、各々が演じたキャラの衣服、つまり自分のキャラのコスプレだ。
沙絢と舞桜は高校の冬服のブレザーで、刹那は
ブレザー組は冬服なので暑いが、刹那はコスプレ用だがそれでももっと暑くて動きにくい。
「いよいよだね……」
不安なのか、顔色の悪い舞桜が刹那の手をギュッと握ってきた。その手は汗ばんで、震えている。
「円陣組みましょうか」
沙絢の提案にうなずくと、三人で輪を作り肩を組む。
「さぁ、今日のクライマックスよ、気合い入れてッ。レディー」
「「「ゴーッ!」」」
気合いのお陰か少し緊張がほぐれた気がする。
スタッフが合図を送り、準備が出来たことをステージ上の東雲たちに伝える。
小岸が曲紹介を始める。
刹那は舞桜とアイコンタクトを取り、ステージに向かった。
それからどうなったか、よく覚えていない。歌詞を幾つか間違え、ステップはもっと間違えたと思う。
それでも歌い終わると、満場の拍手と歓声が上がった。
余韻に浸る暇も無く、次の曲が流れ始める。今度は優風の曲紹介で、沙絢が姿を現す。
刹那たちは速やかに控え室に戻った。
二人とも汗だくで息が上がっている。
「ふぅ、なんとか出来たね」
「あたし、だいぶ間違えたけど……」
「でも、ハートで乗り切った」
「うん、ハートで乗り切れた」
二人で顔を見合わせて笑い出した。
スピーカーから沙絢の歌声が聞こえる。刹那たちとは違い、魂に響く歌声だ。
二人は控え室からステージを覗き見た。
やはり振り付けも完璧だ。沖田沙絢は声優としてだけではなく、歌手としても一流だと思う。
なのに、最近ほとんど仕事が無いなんて……
不条理だと思う。
でも、それが芸能界だという事もよく知っている。
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