Act8.ツアーバス

 午前一〇時、刹那たちは打ち合わせを終え、ツアーバスが止めてある駐車場に向かった。


 先ず最初に小岸が乗り込んで挨拶と短いトークをした。彼はこの後、東京に戻り仕事がある。それが終わるとトンボ返りで戻ってきて、夜のイベントに参加するというハードスケジュールだ。


 小岸がトークを終え、バスから出てきた。


「それじゃ、よろしく!」


 ビシッと手を上げる。


「はい!」


「ガンバリます!」


 刹那と舞桜が敬礼する。


「お疲れ……」


 沙絢が軽く頭を下げる。


 小岸も会釈を返し、そそくさと駅へ向かう。


 刹那と舞桜はバスに乗り込んだ。


「おはよーございまーす!」


 マイクを受け取り、声をそろえて挨拶する。


 四〇名の視線が一斉に自分たちに向き、「おはよーッ」という声が返ってくる。


 今までのイベントとの違いは、女子の参加者も結構いる事だ。


 それに狭いせいもあり圧が凄い。刹那の鼓動は激しくなった。


  ハートで乗り切れッ、ハートで乗り切れッ! 


 開成山のステージはもっと大勢いるんだから。


 隣を見ると、舞桜も固まっている。


「改めまして、娑羯羅役の御堂刹那ですッ」


「光奈役の島村舞桜です!」


 刹那の声に舞桜は我に返ったらし、


「いあ~、満員だよ、舞桜ちゃん」


「そうだね、嬉しいね。みなさん、『鬼霊戦記』は観てますか~?」


 参加者から「観てる」「当然」「当たり前」といった答えと、受け狙いの「観てません」「おいしいの?」という声が返ってくる。


「観ている人、ありがとう! 観てない人はブルーレイボックス買ってねッ」


「お前たちも、あたくしにとって、ただのカモに過ぎぬ」


「せっちゃん、お客様に何てコト言うのッ?」


「第一〇話より」


「うん、他のチョイス無かったのかな?」


「無いよ、だってあたし悪者だもん」


「スネないでよ。みんな、娑羯羅のこと好きぃ~?」


 客が一斉に「好き」と叫ぶ。


「せっちゃんのことは~?」


 今度は「大好き」とレスポンスが来る。お約束と判っていても嬉しいし、さらに興奮して鼓動が大きくなる。


「じゃぁ光奈のことは~?」


 刹那が聞くと、またまた「好き」と返ってくる。


「舞桜ちゃんも~」


 全員の声が「大好き」とそろう。


 今まで自分がやっていたイベントでは、ほとんどなかった観客との一体感が心地良い。


「それではあたしたちの他に、今回の旅を共にしてくれる素敵な仲間を紹介しましょう」


「どうぞ!」


 刹那と舞桜が脇に避けると、沙絢がバスに上がってきた。


「みなさん、朝早くからありがとうございます。彩香役、沖田沙絢です。今日と明日二日間、短い間ですがどうぞよろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げる。


 勢いだけで乗り切ろうとしている刹那と舞桜とは違い、余裕が有って安心できる。


 それから簡単なスケジュールや注意事項を案内し、刹那たちも席に着いた。


  あれ?


 顔を窓に向けると、このバスを見上げている人たちがいる。民間の駐車場を使用してるのだが、いつもと違う雰囲気なので確かめに来たのだろう。


 問題は、その中に生者ではない人間が一人混ざっていることだ。


 大神宮の境内で、視界の隅に入った人物だと刹那には判った。


 だが、バスはすでに走り出し、気配は遠のいた。あくまで一度は。

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