Act4.東北新幹線やまびこ

 ツアー開始前日、刹那は郡山市に前乗りするためにマネージャーのあらと新幹線の座席に並んで座っていた。


「いいんですか? あたしの専属で来て」


 早紀は刹那より売れている娘たちを現在五名担当している。


「社長の計らいで、帰省も兼ねているので構いません」


「だからダメなんでしょッ」


 実は早紀も郡山出身なのだ。


「早紀おねえちゃん、帰省するならちゃんと休みを取ってよ」


 刹那は小学生の頃、ブレーブに社会見学に行った。その時、案内をしてくれたのが当時新人だった早紀だ。


 現在の敏腕マネージャーとは違い、優しいお姉さんだった彼女と直ぐに仲良くなった刹那は「早紀おねえちゃん」と呼んでいた。


 最近、暗黙の了解で、この呼称を使う時は、マネージャーと声優ではなく、プライベートの二人であることを示す。


「大丈夫、ツアーが終了したら、そのまま実家で休暇を取るから。これは社長からの特別ボーナスなの。仕事で郡山に戻れば交通費は片道だけで済むし、担当があなただけならそれほど忙しくない。それにツアーに同行すれば地元の観光もできる」


「なら良いけど。でも、油断してだいじょうぶ? あたしが厄介事に巻き込まれて、結局休暇返上ってことだってあり得るんじゃない?」


「ちょっと、縁起でも無いこと言わないで!」


「へへへ……」


 二人はクスクスと笑い出した。


 このイベントは何かと初体験が多いので、早紀が付き添ってくれると心強い。


「ねぇ、早紀おねえちゃん、郡山に元カレとかいないの?」


 軽い気持ちで聞いたのだが、早紀の表情が曇った。


「いる……わよ……」


「え~ッ」


 思わず大きな声が出た。


「あんた、自分で聞いといて失礼ね!」


 ジロリと刹那を睨む。


「いや、だって、いつも仕事一筋って感じだから」


「私にだって青春時代があったのッ、今はこんなオバサンだけど」


「ダレもそんなこと言ってないでしょ」


 早紀が珍しくすねている。悪いとは思うが、何だかカワイイ。


「だけど、もしバッタリ会ったりしたら、焼けぼっくいに火が付いて……」


「それは無いわね」


 キッパリと断言した。


「どうして?」


「完全に鎮火したから……って、カッコつけすぎね。年を取ったからって言った方が正直かしら」


「だから、まだ三五でしょッ」


「う~ん、実年齢がどうこうじゃなく、私が感情だけで恋をする時期を過ぎたってことね」


 よく理解できずにいる刹那の表情を見て早紀は微笑んだ。


「この仕事をやっていて、厄介な事の一つが恋愛問題なのは判るわね?」


「はい、気をつけています」


「売れていれば売れているほど、それが致命傷になるのが解っているのに、どうして止められないのかしら?」


「それが、恋なんでしょ?」


 理屈では止められない、それが恋だと刹那は思う。


 早紀は深くうなずいた。


「私はそれを止められる。恋に臆病だって言う人も居るでしょうけど、恋愛と仕事をどちらか選ぶとしたら、迷わず仕事を取る。

 もし、彼がまだ郡山に住んでいて、よりを戻したいと言っても、私は今の仕事を辞めるつもりはない。

 彼が郡山での生活を捨てて上京することになったとして、今の状況じゃ、満足に一緒の時間を過ごせない。いずれ破綻するわ」


  それでも押さえられないのが、本当の恋じゃないの……?


「やっぱり、理解できないわね」


 刹那の心を見透かしたように早紀は言った。


「うん……」


「覚えておいて、自分の感情を抑えなければならない時、本人はその事に気付かない。気付いていても目をつむってしまう。そして、破滅に向かって突き進む。それが若さかも知れないけど、言い換えれば精神的な未熟さよ」


 途中までは楽しいガールズトークだったが、何だが真面目な恋愛論になってしまった。


「そう言えば、刹那がお世話になっている、キタミさん。彼も福島に帰ったんじゃなかった?」


 空気を変えようとしたのだろう、早紀が別の話題を振ってくれた。


「あ、そうそう、もう一年近くになると思う」


「福島のどこなの?」


「そう言えば、あの人も郡山だったわ」


「郡山のキタミ……」


「心当たりでもあるの?」


「いえ、学生の頃、少林寺拳法を習っていた先生がキタミだったから。でも、漢字が違うと思うわ」


 確かにそうだ、『鬼多見』なんて苗字、他には知らない。


 その時、郡山到着が近いとのアナウンスが流れた。早紀は何か言いかけたが、視線を西側の窓に向けた。新幹線が進む北の方角に街並みが広がっている。


「懐かしい?」


「えぇ。刹那、郡山へようこそ。もうすぐ、イベント会場にもなるビッグアイが見えるわ」


 都内と違い高層ビルがほとんど無い、そのためくだんの建物は直ぐに判った。


 曇天の空を背景に、銀色のその姿は異様に見えた。


 二四階建ての二一階から最上階の間に、巨大な球体がまっている。


 まさに郡山を見下ろす巨大な眼、『ビッグアイ』だ。


 この球体の上半分がプラネタリウムになっており、明後日はそこでトークイベント『鬼霊戦記星見会』を行う。


 新幹線が駅に着き、ホームに降りた。今日は八月一七日、福島のこの時期はまだ蒸し暑く、ジメッとした空気が肺に入る。


「さ、行きましょう、刹那」


 口調もマネージャーに戻っている。


「はい」


 刹那も気持ちを切り替えた。いよいよ、仕事が始まる。

    

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