Act3.フードコート
「で、ここなんだ」
「エへへ、よくない? ドリンクとお菓子のセットで、ワンコインだよ」
二人が来たのはショッピングモールのフードコートだ。ハンバーガーはもちろん、ラーメンやうどん、パスタ、ジェラート、ピザなどを売っている屋台がズラッと並んでいる。
それを尻目に刹那は、一つのテーブルの上に夕食の材料と一緒に購入したお菓子の袋を躊躇なく広げた、まるで自宅のように。
ドリンクのペットボトルも含め、いずれも税込み百円以下、二人分の合計でも五百円未満だ。
「なんか、人として大切なモノを失った気がする」
この行動に、舞桜は若干引いている。
「これもイベントの練習だと思えばいいのよ」
「何になるのコレ?」
「お客さんの前で、話が滑ったり、噛んだりするのよ。それに耐えられるようにハトを鍛えなきゃ」
「滑る前提なの? ってか、アイドルって、みんなこんなコトやってるの?」
「う~ん、どうだろ? 他の人は知らないけど、あたしは結構利用してるわ。背に腹は変えられないし」
「ま、せっちゃんらしいけど……」
舞桜が吹きだしたので、刹那も釣られて笑ってしまった。
彼女とは新人同士で同い年だからか、話しやすく気も合う。もっとも、舞桜は
「ね、最近どう?」
「う~ん、まさにボチボチかな。チョイ役をいくつかやって、レギュラーが一本決まった」
「ホントッ? よかったじゃない」
「えへへ……『鬼霊戦記』のアニメとラジオで少しは知名度が上がったお陰かな?
そっちは?」
「サッパリよ。オーディションは受けてるんだけど……」
声優で役を決める方法は大きく分けて二つある。一つは指名でもう一つはオーディションだ。
指名されるのは当然知名度のある人間だ。オーディションは一般公募はほとんど無く、各プロダクションに報せが来たり、マネージャーが営業で取ってくる。
大手事務所には必然的に多くの募集が来るが、所属者も多いためそこからサバイバルが始まる。
その点ブレーブの専属声優は刹那だけしかいない。しかも、彼女の担当をしているマネージャー、荒木早紀はかなり敏腕だ。
他のアイドル数人も担当していて多忙にもかかわらず、声優のオーディションも今年に入ってから、月に二、三本は取ってきてくれる。
チョイ役で何本かは出演したが、レギュラーが取れないのは刹那の実力不足のせいだ。
「ドンマイ、まだ声優始めて一年経ってないんでしょ? それなのにガンガン仕事取られちゃ、友達になれないよ」
「アリガト、少し復活した」
「え? 落ち込んでたの?」
「うん、ちょっと」
「言ってくれれば、ベッドでいくらでも慰めてあげるのに」
「ゴメ~ン、あたしも舞桜ちゃんとならいいけど、ウチの事務所、恋愛禁止なのよ」
「だいじょうぶ、ウチもだから」
刹那はまた吹き出してしまった。
舞桜といると本当に楽しい、こんな友人が出来るのは学生時代以来だ。
初めてのアフレコ現場にも居合わせて、刹那の霊感の事も知っているのに普通に接してくれる。
「せっちゃんと寝る件についてはツアーまで取っておくとして……」
「あたし、けっきょく抱かれるんだ」
「トーゼン! で、イベントの練習はどう?」
「トークや観光場所の案内はハートで乗り切る。それにナンかあったら舞桜ちゃんが助けてくれる」
「ワタシだのみッ? 言っとくけど、ワタシ、イベント初参加だから」
「イベントは何度もやってるけど……あたし、集客力ぜんぜん無かったから安心して」
「不安だよッ」
「だから、ハートで乗り切るんでしょ!」
アイドル時代、刹那単独のイベントでの集客の最高記録は一日六三人。海外の人気ファンタジー小説と勝手にタイアップし、参加費用無料、しかも二回やった合計の人数だ。さらにダメ押しすると、二回目の客のほとんどが一回目も来てくれた人たちだった。刹那単独で呼べる平均は十人前後だ。
今回のツアーは定員四〇名で、すでに埋まっている。さらに、一日目と二日目に予定されている『鬼霊戦記夏祭り』と『鬼霊戦記星見会』については、ツアー申込者以外も参加可能で、各入場者数が最大二〇〇名になる。
ハートで乗り切ると言ってはいるが、刹那も内心かなり不安だ。
だが、それより……
「問題は歌、よね」
「歌、だね……」
「歌詞は入っているんだけど、振り付けはぜ~んぜん」
「ワタシもヤバイな、何とか本番までに間に合わせたいけど」
トークイベントと言ってはいるが、刹那は舞桜とアニメのエンディング曲をカバーする。歌もさほど上手くないが、振り付けが難しく中々覚えられないし、舞桜と会わせる必要もある。
「沙絢さんなんて、一人でオープニング歌うんだよ。ワタシたちと一緒にしちゃ失礼だけど」
「そう言えば、沙絢さん、前乗りも含めて三日間、よくスケジュールを押さえられたね」
「え?」
「だって、優風さんも、小岸さんも、部分参加じゃない?」
ヒマ人の刹那と舞桜ならスケジュールの調整すら必要ないかも知れないが、沙絢は簡単ではないだろう。
「そっか……せっちゃん、まだこの業界事情に詳しくないもんね」
舞桜は身を乗り出して声を潜めた。
「沙絢さんね、ここ二年ぐらい仕事がほとんど無かったの」
「えッ? 人気声優なんでしょ?」
「『だった』かな……
今でも人気はあると思うけど、ギャラって一度上げると下げられないって言うでしょ」
それは声優業界に限ったことではない。TVやラジオでも、出演料を上げることはあっても、下げることは滅多にない。予算が削られた場合などは、出演者にギャラ交渉するのではなく、同じ立ち位置になり得る若い出演者に替えるのだ。そうする事でギャラも安くなり、また若返りも出来る。
特に女性声優は入れ替わりが激しい、次々に若い娘たちがデビューしては消えていく。声の仕事なのだから実年齢は関係ないように思えるが、現在は声優人気の高まりと共に露出が増えている。
声優は元々マイナーなジャンルだったが、アイドルの細分化が進み、相対的に大きな市場になった。そのため専門雑誌やテレビ番組なども有り、ルックスも重要視される。事実、演技力だけで人気声優になるのは難しいのだ。
沙絢もアイドル志望だったが、そちらで芽が出ず声優に転身した。刹那と違い唄も上手く、人気声優になったが、三〇歳を過ぎたくらいから勢いに翳りが出てきた。次第に仕事が減っていき、やがてアニメやゲームでも新規の仕事が来なくなった。
「ウチの事務所じゃ、有名な話だよ」
舞桜は沙絢と同じ事務所だ。
「沙絢さんて、いくつだっけ?」
「三八」
「えッ、そうなの? 見えない、今の話を聞くまで三〇前後かと思ってた」
声優歴二〇年と聞いていたが、子役からやっていると思い込んでいた。
「この業界、若く見える人が多いからね。ちなみにユウ姉ェは二九で、小岸さんが三五、東雲監督が四六」
監督はともかく声優陣はやはり若い、少年少女の役が多いからか。そういう刹那も、四つサバを読んでいる。
「なんか、どこも大変ね」
「人事みたいに言わないでよ、明日は我が身でしょ?」
「そうだけどさ……心の平安って得がたい物なのね」
「少しでも平安を得たいなら、一本でも多く役をつかむこと」
わかってますよ、と刹那は溜息を吐いた。
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