Act5.郡山駅

「御堂君、こっちだよ!」


 新幹線の改札を抜けると声をかけられた。


「監督、お待たせしました」


 東雲監督が手を振っている。


「荒木さんも暑い中済まないね」


「いいえ、むしろお礼を言いたいぐらいです」


「マネージャー、郡山出身なんです」


 キョトンとしている東雲に刹那は補足した。


「えッ、そうなの? 高校どこ?」


「安女、今の暁高校です」


 福島県出身者は、なぜか出身大学より出身高を気にする。


「若いから桑高かと思った」


「お気遣い有り難うございます。ギリギリ共学前だったんです」


 福島県の教育制度は遅れており、公立の普通科が男女共学になったのは二一世紀に入ってからだ。


「そう、俺は桑高なんだけど、今じゃ絶対入れないな」


 ハハハ……と東雲は愉快そうに笑った。


「監督、刹那ちゃん、荒木さん、お待たせ」


 沙絢とマネージャーのたかこうが改札を通ってきた。


「お疲れ。よし、これで後は小岸君だけだな」


「あれ? 舞桜ちゃんは?」


「彼女は随分前に来ていますよ」


 高尾が穏やかな口調で言う。


「直ぐに会えるさ」


 東雲は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「監督、みんな、お待たせしました」


「おう、お疲れ。君が最後だよ」


 小岸も舞桜がいないことを気にしたが、監督は相変わらずニヤニヤしながら移動を始めた。沙絢と高尾は理由を知っているのか涼しい顔をしている。


 ちなみに、優風は明日の『鬼霊戦記夏祭り』前に到着予定で、小岸は明日の朝出発前に参加者に挨拶し、一度東京に戻って再び夜戻って来る。


「クルマを待たせてあるから、行こうか」


 東雲に促されて駐車場に向かおうとした時、白檀に似た香が鼻を突いた。


  この匂いは……


 刹那は思わず辺りを見回した。


「どうしました?」


 早紀が刹那の行動に気付き声をかけた。


「ううん、気のせいだったみたい」


 あの香ももうしなかった。


「みなさ~ん、こっちで~す!」


 駐車場に着くと舞桜が、白いトヨタNOAHの前で手を振っている。


「何してんの?」


「へっへっへ、監督に頼まれて車内を冷やしてたの」


「大事な出演者を熱中症にしちゃ大変だからね。それに、このクルマを用意してもらった」


「レンタルですか?」


「ううん、ワタシの実家のクルマ」


「ま、色々切り詰めないといけないんでね」


 監督は助手席に乗り込み、運転席には舞桜が座った。


「えッ? 運転するの舞桜ちゃん?」


 刹那は助けを求めるように視線を監督に向けた。


「俺、免許無いんだ」


 今度は高尾を見つめる。


「こんな大きなクルマ運転したことありませんから、舞桜の方が安全だと思いますよ」


「刹那ちゃん、死ぬ時は一緒よ」


 沙絢がにこやかにシャレにならない事を言う。


「ほら、早く乗れ、御堂」


 小岸はすでに乗っている。


「あきらめましょう、刹那」


 早紀が刹那の背中を押した。

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