瓶詰の歌

白石雨月

或る話

早朝の海辺は、静まり返っていた。さくさくと、少し湿った砂を崩す音がやけに大きく聞こえる。

 

今日は、何かいいものに出会えるだろうか。

 

色素の薄い瞳で遠い朝焼けを見ながら、青年はぼんやりと考える。

太陽が昇る前、この薄明かりの中で。あるいは、月の下で。そういう薄明の中でのみ、青年は自由だった。

そして、そういった明るさの中で、海辺を散歩することを好んでいた。


昨日の、異国の硝子は高く売れた。できれば、あれくらい価値があるものを拾いたい。つらつらと考えていた青年の足が、何か硬いものに乗り上げた。驚いて足元を見ると、そこには古びた硝子のボトルが落ちていた。

 

飴色の硝子はぼろぼろで、口を閉じているコルクも朽ち果てていた。硝子の色は美しかったが、このあたりの人が欲しがる形ではなかったので、青年は落胆した。

このあたりの人は、海で何年も磨かれた硝子の破片を好むのだ。彼にはよくわからない趣向だが。


金にはならない漂流物など、普段目もくれず捨て置く青年だったが、このボトルには何故か心惹かれた。

ボロボロのコルクに爪を立てる。漂流の末に緩くなっていたのか、思いのほか簡単にコルクは取れた。

 

きゅぽんという間の抜けた音を立てて空いたボトルの中身は、やはり空っぽだった。

しかし、空っぽの瓶底とは対照的に、青年の頭の中には聞いたことのない音が渦巻いていた。


歌声なのか、波音なのか。楽器の音なのか。心地よくて、気持ち悪くて、吐き気がして、笑みがこぼれる。


ああ、これは。懐かしいおと。


冷や汗をかきながら、頭を抱えていた青年は、本当に幸せそうにわらった。



「ええ、今朝いつものように品物を買い取りに行ったんですよ。ああ、品物というのは漂着物ですね。彼、そういうものを見つけるのが上手だったので。でも、太陽に呪われていたからなぁ。いつも私が品物を買い取りに行っていたんです。今日、彼の家を訪ねたのですが、そこら中びしょぬれでね。彼もいなくて。このボトルが落ちてました。ただのボトルですよ」

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瓶詰の歌 白石雨月 @ugestu0406

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