第9話 おっさんの怖い話

「あの日も、こんなふうに暑い夏の夜だった」


 聞いてもいないのに、おっさんが怪談を始めた。


「俺は一人寂しく、真っ暗な部屋の中で寝ていたんだ」

「奥さんは?」

「嫁は……一人で寝たいって……」

「……ああ」


 背中を丸めて、しんみりと話すおっさん。

 心もち小さく見えた。

 いや、最初っから小さいが。


「俺の部屋は夜九時にはもう電気が消えて暗くなるんだ」

「ほう」

「明かりをつけてもいいんだが、それよりここに遊びに来る方が手っ取り早いからな。めったに明かりはつけねえ」


 だから最近毎晩のように来るのか。


「真っ暗な中で、布団に入って寝てると、音がするんだ。コツン……コン、コンって。壁を叩くような音がな」

「奥さんじゃないのか?」

「いや、嫁の部屋は音がするのとは反対側なんだよ。音がする方の壁の向こうは外なんだ」


 気のせいじゃないのか?


「最初は客かなって思うんだがな。この辺に住んでる奴らは、そんな時間に訪ねてくるような非常識なことはしねえ。だから返事はしねえのよ。俺が黙ってそのまま寝ようとすると、今度はガリガリと壁を削るような音がし始めてよ……」


 ちょっと待て。

 客?

 この辺に住んでる小さいのが、他にもいるのかよ。


「ガリガリ、コンコンって、何度も繰り返してるんだよ。まるで誰かが無理やり部屋の中に入ろうとしているかのようにな」


 その部屋ってのは、この家のどこかだよな?

 多分。

 屋根裏か、それとも床下か。


「そんな日に限って、いつもはうるさい下の部屋のテレビの音すら聞こえないのさ。真っ暗な蒸し暑い部屋の中で、俺は布団をかぶって震えていた。するとついに、出たんだ!」

「虫だろ」

「そう、虫が……え?」

「虫くらいしか、いねえだろ。蜘蛛か?蜂?コガネムシ?まさか、Gじゃねえだろうな」

「……コガネムシ……で……した」

「今度燻煙剤やっとくから、おっさんたちは、その間は避難してろよ」

「すまねえな。けど……オチを先に言うなよ……」


 ソファーの上で背中を丸めたおっさんが、小さく見えた。

 いや、最初から小さいがな。



―――――――――

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

今週末からお盆すぎるまで、ちょっと私事で忙しくなりますので、おっさんの更新は不定期になります。(お盆過ぎまで書けない可能性があります)

ゆっくりペースで、もう少し書こうとは思っています。

今後ともよろしくお願いいたします。


皆様が心穏やかな夏休みをお過ごしされますように。

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