第10話

目の前の智也をどうにかぶん殴ってやりたいところではあるが、少女を抱えたままでは難しい。というか無理だと思う。

さっきの超反応はもっかいやれと言われてもまず無理だし、ここで少女を見捨てたらただの屑だし……


「死ぬがよい。『転送』」


──一瞬意識を深く集中させた瞬間をついて、頭上に現れた無数の魔法陣が輝きだす。

そこから大量の岩が落ちてくる──だけならよかったんだが……


「──ッ!?やっべクソ熱いじゃねえか!」


降り注ぐ岩石はすべて真っ赤に染まっており、異常なまでの熱を放出していた。

しかも逃げようとする方向に丁度逃げられないように配置されていやがるッ!


「ちょっとごめんよッ!」

「きゃっ!?」


お姫様抱っこしていた少女を片手で抱き上げるようにし、そのまま一番隙間が広い場所に突撃する。

そうなるとどうにも避けられない状況に陥るのは必然。

神がかった判断力によって義手である右腕を犠牲にしようとし──


──岩が塵になった。

視界に入っている一振りの黒いは俺が抱き上げている少女が持っている。

…マジですかい。これが人外の実力の一端か…

なんて呆然としていられるほど時間はないわけで、俺はそのまま落ちる岩石から必死に逃げざるを得なかった。


「やっべえな……まじで対抗策が見つからん。どうしましょ…」

「──ねえ。」

「ん?どうしたっ!?」


落ちてくる岩に加え、周囲から無尽蔵なレベルで飛んでくる氷を抱えてる少女に当たらないように消しつつ逃げていると、唐突に少女が呼び掛けてきた。


「このまま逃げてもあれを倒せないわよ?」

「わかってるけどもっ!なんもできることがねえんだよっ!おわっ。」

「──だったら、私に賭けてみる気はある?」

「はあっ!?俺が来る前に氷漬けにされてたくせに何が──」

「落ちてくる溶岩切り裂いたのは誰だったかしら?」

「っぐ……どうすればいい?」

「私なら落ちてくる溶岩全て切り裂けるわ。でもこの首輪のせいで……」

「質問だけど、それは何なんだっ!?」

「これは『奴隷の首輪』って言ってつけられた人に行動を強制できるのよ。そのせいで──」

「抵抗できないってことだな理解したっ!んじゃ最後の質問だ。それは魔法で強制されるものか!?」

「──そうね。だから私は」

「だったらいいっ!」

「ひゃうっ!?な、何をいきなり──」


走りながら必死になって逃げる俺は、迎撃用にと持っていた短剣を逆手に持ち替えて少女の首に触れる。

光の破片が舞い、少女を縛っていた首輪が溶けて無くなる。


「──どういうこと?この首輪を外せる人なんて……」

「不可思議なり。なぜ当たらない。何故『全知』が外れ、運命が捻じ曲がった?」

「はあっ、知ったこと、かよっ!」


迎撃用の短剣を無造作に智也に向かって投げると、案の定生じたダウンバーストで叩き落される。

これで俺は徒手空拳。つまるところ完全な近接特化になる。

……にしても何かがおかしい。普段のあいつならあんな聞いてて悶えそうになる程の言葉は微塵もはかないし、何より攻め方がガバガバすぎる。

何度もゲームした中だから分かるが、あいつは基本的に『窮鼠猫を嚙む』となりえる状況は絶対に作らない。

相手の行動を確実に封じてから、超火力での即死コンボで相手を叩きのめすのが基本だ。

でも何故だ?なんでこんなぐだってる?

一体何が──


──ああ、そうだったな。ここは『魔法』なんて超技術が存在するような異世界だ。だったらなんで俺は「人格を書き換える」なんて単純なことを思いつかなかった!


「ははっ!最高じゃねえか。……いいぜ、その賭け受けようじゃないか。」

「──え?」


昂る、昂ってきた!いつだって智也との真剣勝負はいつだってそうだ。知略と精神を張り巡らせたギリギリの戦い。それが常に俺の限界を引き出してきた!お前の存在が、俺の全身からアドレナリンを掻き出し、この体の中の血液を沸騰させる!

ああ、最高だよ。こんな一回でもミスったら死にかねない状況なのに笑いがこみ上げてくるなんて!


「行くぞ。俺はどうすればいい?」

「何も考えないで突っ込んで。露払いは私がする。あなたの力なら彼の魔法を打ち消せるはず。」

「了解っ!」


俺が突っ込むのと同時に智也は俺たちを取り囲むように数百の氷を出現させ、俺たちを貫かんとするが前方の氷はすべて粉みじんに切り刻まれる。後方の氷はすべて俺に触れた瞬間に消失。上空から降り注ぐ疑似隕石は触れる前に両断される。

そのまま飛来する魔法を消しながら智也のもとに全力疾走して──


「無駄だ。『岩壁』」


あいつをぶん殴ろうとした瞬間に岩の壁が現れる。この瞬間に妄想は現実になった。

──やっぱりこいつは智也であって智也じゃない!

あいつならこの右腕の摩訶不思議な特性をも織り込んで対応するはずだ。なにせ制作者であるこいつが腕の特性を忘れるはずがない。それをしなかったってことはつまり──


「邪魔、だああああっ!!」


慣性と俺自身の全力、そして魂を込めて放たれた一撃は岩を粉砕し、そのまま智也の顔面に突き刺さる。

それと同時に限界を超えて酷使された肉体と精神にとてつもない疲労がのしかかり──


「やっべ…ま……だ……」


そのまま俺の意識は闇に落ちるのだった。

──最後に見た景色は少女が魔物の軍勢に突っ込んでいくところだった。

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