第9話

魔物の軍勢が指向性を持って動くことを『スタンピード』というらしい。

それがどれぐらいやばいのか俺にはわからないのだが、今回のものは特にやばいらしい。

なにせ平均的なものでも1000体ぐらいらしいが、今回のものは5000体ぐらいのものらしい。…単純計算で5倍の勢力か。そら恐ろしいわ。

ただ、今回は運がいいことに人外の代名詞であるSランク冒険者がいるらしいから普段のものよりも俺たち木っ端冒険者の出番は少ないだろうとか。

まじでSランクってバケモンしかいないんだな。たった一人で5000近い軍勢を相手どれるとか頭おかしい。

ちなみにこれらの情報は全部一流であるBランクの先輩冒険者から聞いたものだ。俺は現在進行形で穴掘りをしている。進行してくる魔物たちを嵌めるものらしいが焼け石に水だろう。なにせ相手は5000以上の大群、いくらSランクが人外だとしても相当の内漏らしはあるはずだ。なら魔物たちがその穴を埋めて──

とまあ割かしありえなさそうな想像をしつつもせっせと穴を掘っていると、何か強烈な違和感が脳内を駆け巡った。

──なんだ?何かがおかしい。何か大切な、この場にいなくてはならない人がいないんじゃないか?

そんな違和感に従って周囲を見渡すと、見えるのは迫りくる魔物の大群にベテランの冒険者、そして俺たちのような木っ端冒険者…

──件のS

確かにこの世界には写真の技術は無いとはいえ流石に誰もSランク冒険者の顔を知らないってのはあまりにもおかしい。

一人で5000もの大群の殆どを殲滅したり、最強種である『竜』を一人で殺せるような奴が有名でないはずがない。

だったらどこに──


ビュゴオオオオオオオッッッッ!!!!


降ってわいた疑問は突如現れたによってかき消された。

…おかしい。急に竜巻が、しかも街一つ覆うような規模のものが唐突に表れるはずがない。

しかも、智也とやったストラテジーゲームで何回も負けた状況が偶発的に起きるだと?ただの自然現象で?

──あり得るはずがない。

だけど、もしこれがスタンピードでなくてだとしたら?

これが偶発的なものでなくて、人為的なものだとしたら?

そんな考えがひらめくと同時に俺は混迷を極めるその場を抜け出し、がいるであろう場所に駆け出すのだった。


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視点変更『リンネ』


私はいま、顔以外の全てを氷漬けにされていた。

スタンピードになにか違和感を覚えた私は、この場所にくるや否や持っていた剣ごと凍らされた。

しかも私の首には『奴隷の首輪』と呼ばれる首輪がはめられていた。

このせいで私は助けを呼ぶことも、自力でこの窮地を脱することもできなくなってしまっていた。

どうにか逃げようと首を動かして氷漬けにした張本人を見ると、彼は死人のような虚ろな目でこちらを見返してきた。

……私はこの目を知っている。この目は魅了魔法にかけられた人の目だ。

でも、どうして街一つを覆うような竜巻を無詠唱で起こせる人が魅了魔法にかけられたの?

こんな私と同じSランクの『魔導士』でも1分近くは詠唱が必要なのに……


「あっれえ?智也じゃないか。髪切った?」


そんなこの場に似つかわしくない、全てを嘲り笑うような軽い声が聞こえてきた。

彼につられてそちらを見ると、そこには手に一本の剣を携えた青年がいた。

背丈や髪の色は虚ろな彼と同じ、だけど何かが致命的にズレている人だった。

そんな青年は手に持った剣を彼に向けて、嗤いながら言い放った。


「さて、と。とりあえず何してんのか聞いてもいいかな?……ああ、言わなくてもいいぜ。ぶっ飛ばしてからゆっくり吐いてもらうからなっ。」


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視点変更『神凪 拓哉』


……この予想は外れていて欲しかったけれど、やはり現実は非情だ。

目の前にいる我が友──『片本 智也』が恐らくこの侵略の張本人だろう。そんなあからさまな攻め方にした理由が分からないし、少女を氷漬けにしている理由も問い詰めたいが…まずはぶちのめしてこの状況をどうにかしないとな。


「……誰だ?俺には貴様のような──」

「悪いが話に付き合う気は毛頭ねえよっ!」


智也の話を強引に遮って、俺は駆け出す。

まずは少女を回収しないとな。おちおち戦ってられな──


「無力と知れ。『氷瀑』」


駆け出した俺の頭上に現れたのは、とんでもない大きさの氷塊だった。

一つだけでなく、数十個もの。

……やっべえ、カッコつけたはいいもののこれ詰みじゃね?

そんな事を考えながらも足を止めず走り続ける俺目がけて、天から氷塊が降り注ぐ。

地面に着弾した氷塊が爆ぜて、気温を一気に下げてくる。ああ、芯まで凍えちまいそうだ!

──目の前に氷塊。急に止まれないので剣を突き出して防ごうと試みる。

そうして突き出された剣は──


バキィンッ!


何時だか忘れたが聞いた音をたてて、落ちてきた氷塊を砕いて光の破片に変える。

智也の目には驚愕。だが、目が全くの虚ろで気味が悪い。

そのまま駆ける俺は先程の剣を槍投げの要領でぶん投げて、少女を回収しようと試みる。

智也の周りには竜巻。これにより俺のと 全力投擲は防がれる。……ちっ、どこまでも厄介な!

──竜巻に覆われている智也の横をすり抜けつつ、俺は何とか少女を回収する。

瞬間、先程同様の現象と共に彼女の氷が全て消える。

そのまま所謂お姫様抱っこと呼ばれる持ち方で少女を運び、少し離れた場所まで逃走する。

後ろからは氷刃、しかもとんでもない数が背中目がけて飛んでくるが無視。

このよくわからない力は本当に助かる。だが相手はあの天才たる、俺の右腕を作った智也だ。……多分俺の力もバレて、逆手に取られるだろう。どうすれば…

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