第4話

…目が覚めて、第一に眼前に広がったのは驚くほどに青い空だった。

それと同時に左腕から鈍い痛みが走る。変な方向に曲がっているけど打ったばかりだからかそこまで痛くない。右腕も普段通りの挙動をする。

…おいおいまじかよ。あの高さから落ちて生きてんのか。


「まあ助かったのはただの偶然だとして…ここってどこやねん。」


周囲を見渡すとそこはとにかく森だった。

視界に広がる一面の緑。森特有のむわっとした空気が気持ち悪い。


「勢いに任せて落ちたはいいもののまさか生き残るとか思ってなかったし…まあいいや。とりあえず持ち物の確認をするか。」


まずは自分の服、異世界こっちで貰った靴に懐にいつも入れているカッターナイフ。

…これ相当ヤヴァイよなあ。飯なし、知識なし、力なしのマジで詰みじゃないか。


「…とりあえず下流に向かって進むか。上流から桃太郎してきたわけだからな。」


左腕から伝わる先ほどから徐々に強くなっている痛みとかに辟易しながら俺は川沿いに歩を進めていくのだった。


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川沿いに歩くこと数分、俺は割かしというか本気で不味い状況に陥っていた。

ここから数メートル先にクマがいるのだ。あちらさんはまだこっちに気が付いていないのが幸いだけれども…いずれ気づかれる。とにかく今はクマがどっかに行くのを期待して隠れるしかない。


音を立てないように茂みの中に隠れて、クマが去るのを待つ。

足音が近づいてきて、息遣いまでもが聞こえてくる。

数か月前のトラウマがフラッシュバックし、体が拒否反応を起こす。

──脳裏にちらつくのは口元を血にまみれさせたクマと食いちぎられた俺の右腕。

未だに忘れることができない絶望と、肌を焼くような幻肢痛。深い後悔や恐怖がぐちゃぐちゃに混ざって自然と体が震えだす。歯を食いしばってこらえようとするもののその動作すらもうまくできない。いやだこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないでいやだ来ないで来ないでいやこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないでこないで──








…………行ったか?


足音が遠ざかっていくのを聞いてもトラウマによって縛られた体は一向に動く気配がない。

十数分後、ゆっくりと物音を立てないように茂みから周囲を見渡すが、何もいない。

……マジで怖かった。自業自得とはいえクマは本当にトラウマとなっているのだ。

未だにクマの悪夢を見てしまうのが悩みではあるがこればかりはどうしようもない。

いくら俺の精神が頑丈でも耐えられないものもあるのだ。

俺は二度とクマに遭遇したくないため、奴の足跡とは正反対の方向に進み始めるのだった。


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それから数時間後、なんとか木の実などを見つけては食らってきたものの日が暮れたため、何もできなくなってしまった。川の近くで木の幹を背に腰を下ろしてるのだがいかんせん動きまわれないのが苦しい。

それに加えて複雑骨折してしまっているであろう俺の左腕がとんでもなく痛い。

体の色々なところから流れていた血液はすべて固まっていた。

……ああ、もう一度あの時に戻りたいなあ。

痛みによって意識が朦朧としているからか、変なことを考えてしまっている。

もう戻らないと分かっていても、やっぱり──


そのまま俺は夜の森の中でひっそりと目を閉じるのであった。


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視点変更『グラント・モーニン』


徐々に遠のいていく意識を何とか引き戻しながら、俺は一人で見張り番をしていた。

俺の意識に同調するかのように弱くなっていく薪に拾ってきた枝を放り込み、頭上に広がる満天の星空を眺める。しばらくして水筒に水が入っていないことに気が付いたため、同僚を叩き起こしてから川に水を汲みに行く。


川に着いた俺はさっそく他の奴の分まで水を汲んでいたが、カシャンという音とともに何かしら光るものが視界の端に映った。

……なんだ?一体何の音だ?

腰の剣を抜きながら音のした方向に目を向けると、一人の人間らしきものが移った。

荷物もないようだし何をしにこの森に入ってきたのか気になったため、顔を伏せているそれに近づいて……


絶句した。

垂れ下がっている左腕がぐちゃぐちゃになってしまっているだけでなく、体の至る所が赤く染まっていた。

そのまま何も考えずに俺はそれ──ぼさぼさの髪の少年を抱えて俺は『あの人』のところに駆け出すのだった。

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