第3話 道摩満と白狐の館ーーー③

 その場で突っ立って霧が晴れるのを待つのも馬鹿らしい。せめて現在地が分かれば良いのにと考えながら歩いていると、突然目の前に大きな館が現れた。霧が濃いせいで目の前に迫るまで存在に気付かなかった。


「!うぉ、危ねっ」

 ぶつかる寸前で足を止め、煉瓦れんがで作られたアーチの門に手を付く。霧のせいではっきりとは見えないが、見上げる首が痛くなるほど大きな館だ。蝋燭ろうそくの火のような、ぼんやりとした灯りがカーテンのない窓から見えるので、住人は在宅なのだろう。


此処ここら辺にこんなデカイ家あったか…?」

 首を傾げてみても一向に思い出せない。土地感がないとはいえ、の地域一帯は昔ながらの民家が多く、日本家屋が連なって建っていること程度なら知っている。ゾンビ映画にでも出てきそうな古い洋館があったなら、さすがに覚えていそうだが。


「………別の次元に迷い混んだり、とか?」

 まさかな。言って、背筋を震わせる。そんなことあってたまるか。ないない、あり得ない。今まで散々あり得ない存在と出会してることには、この際目を瞑ろう。突然霧が出るのも、きっと京都では日常茶飯事なんだろう。自分に言い聞かせながら、現在地を知る術はないかと住所表示板を探していると、ふと奇妙な板切れが目についた。門に立て掛けてあるそれは今にも崩れ落ちそうなほど年季の入った木で出来ている。書かれているのは街区符号でもなく、住所番号でもなく、何かの文字だ。よく見ようと顔を近付けて目を凝らす。


【 妖怪相談所 白狐びゃっこ代行役だいこうやく承リマス 】


白狐びゃっこの……、……代行役だいこうやく?なんだそりゃ」

 所々霞かすんでいるが、細長い木の板には確かにそう書かれていた。看板というよりは、墓場のあちこちに置いてある卒塔婆そとばにも見える。代行役だいこうやくが何なのか検討がつかないし、こんな立派な館で相談所を営んでいるとは思えない。しかも妖怪相談所なんて名前が明らかに胡散臭い。

 けれど、と考える。

 辺りを見渡しても濃霧が広がっているばかりで、帰り道が分からないのも事実だ。道を尋ねるくらいなら平気だろう。相談所なのだから、せめて知っている場所までの道を教えてくれるか相談しても邪険にはされないだろう。買い物したばかりで金はないから相談料が高過ぎると支払えないが。

 ものは試しだ。アーチをくぐり、そう長くないアプローチを通り抜ける。俺の身長の倍はあるだろう扉の前に立つと、屋敷が一層大きく感じた。真鍮性しんちゅうせいの狐が咥えるドアノッカーを握り締め、恐る恐る叩く。

 いち、にい、さん。反応はない。

 もう一度、今度は強めに扉を叩く。

 しい、ごお、ろく。反応はない。

 留守だろうか?もしくはこんなにでかい館だから、呼び鈴が聞こえてないのかもしれない。誰も出ないことに少し安堵するものの、誰も居ないとずっと迷子のままで困ることに変わりない。何より、早く帰らないと婆ちゃんが晩飯を食いっぱぐれることになる。

 ええい、ままよ。

 少しなかを覗いて、それで誰も居なければ諦めて霧が晴れるまで待つとしよう。狐の尻尾をモチーフにしたドアノブにそっと触れる。


 ガチャンッ……、…………


「…………は?」

 すると、何も差していない鍵がひとりでに回り、扉が音もなく開いたではないか。これはますます怪しい。薄気味悪いにもほどがある。だけど、先ほどのような嫌な予感は不思議としなかった。隙間から中を覗いてみるが、薄暗くてよく見えない。意を決して踏み入れると、甘ったるい香りが鼻腔びこうくすぐった。

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