第7話ー修二ー

電話が鳴った。

一樹からだ。

珍しいと思いながらも、用件がなんなのか予想がついて落ち着いて電話を取れた。


「もしもし、珍しいな。一樹からかけてくるなんて」


茶化すようにそう言ったら、一樹は真剣な声で答えた。


『この街を出るの?』


その言葉に、気付いてもらえた嬉しさが込み上げてきた。


「……うん。この街を出る」


自分の言葉で、やっと伝えられた。


『そうか』


一樹からの返答は短かった。


「やっぱり俺さ、この街が嫌いだ。夢も希望もなくて、息苦しい」


ちゃんと、伝えよう。素直な気持ちを。


『現実しかないから、夢を見なくても済むんだよ』


一樹はそう言って、諦めたような声を出した。


「だから、息苦しいんだよ。だから、この街を出るんだ」


一樹からは返答がなかった。


「いつか、俺がちゃんと呼吸ができる場所で生きられたら、お前もそこから動けよ」


息苦しくない生き方を教えてやるから。


「俺は先に行くから」


そう言って、一樹の言葉を待った。

沈黙が長く感じられた。


『お前はいつも先に行くよな』


ようやく返ってきた言葉は、いつもの一樹の声だった。


「それしか、一樹に勝てないからな」


人間的に勝てないから、必死なんだよ。

そんな言葉が伝わればいい。


『修二は俺よりもずっと先に居るくせに。追い付けないだろ』


茶化すような言葉に、苦しくなった。

この苦しさは多分、この街がどんな場所か知っているからだ。

夢も希望もなくて、現実しかない街だから、ここに居る限りは守られている。

夢を見なければ、それだけで平穏な人生が歩める。

それに満足できない人間は、ここから離れていく。


「追いついてこいよ。一樹はちゃんと動ける人間なんだから」


最後のメッセージ。


「いつか、また一緒に語ろうな」


夢や希望がある街で、語ろう。

現実しかないこの街を離れて懐かしもう。

それだけ伝えて、通話を切った。


一樹はきっと、連絡をしてこないだろう。

そういう奴だから。

そう思ったのに、メールが届いた。


“また会おう”


一言だけのメール。

返事はしなかった。


この街が嫌いなのに。

退屈で

何もなくて

夢も希望もなくて

現実しかなくて

閉鎖的なこの街が大嫌いなのに。


この街の無責任なところが、足枷になっていた。

来るものを拒んで、去るものを追わない。


まるで、一樹みたいな街だ。

だから、離れられなかったのかもしれない。


引っ越しまでの三日。

最後に観光でもしようかと思ったけれど、この街に観光できる場所なんてなかった。


仕方がないから、あの公園に行こうかと思って、止めた。

いつかまた迷ったときに行くとしよう。

あの公園に行けば、一樹に背中を押してもらえる気がするから。

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いつか、君とこの街を。 橘 志依 @shi-i

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