第6話ー修二ー

今日は一樹に会った。そこで、嘘を吐いた。

変わらず歩くのが下手で、生きるのが下手で、心配になってしまう。

人が多い場所だったから、なるべく少ない店に入って話をした。


小説なんて、本当は興味がなかった。

『こころ』を指定したのは、タイトルを見てほしかったから。


内容はどうでも良かった。


俺と一樹は、友人なんて言葉で表せるような単純な関係じゃない。

俺にとって一樹は、いつも憧れていて、眩しいくらいに純粋な存在だった。

一樹だけは、大嫌いなこの街で唯一大事に思えた存在だった。


一樹と話していると、その考え方に自分の生き方を教えられている気がして、素直に尊敬できた。


一樹は俺の先生みたいなものだな。

勝手に思っているだけで、押し付ける気はないけど。


一樹と初めて会ったのは、高校一年生の時。

第一印象は、暗いやつ。

誰かと話すこともしなくて、一人でずっと本を読んでいた。

絶対に合わないタイプだと思った。

隣の席になったとき、話しかけてみることにした。

隣に暗いやつがいるのも嫌だったし、何となく、どんなことを考えているのか興味があった。


「深川だっけ? 俺は柳瀬修二な。よろしく」


無難な言葉を投げかけたら、一樹が驚いた顔をしたんだっけ。


「よろしく」


何度か口を開け閉めしたあとに返ってきたのは、その一言だけだった。

それからは、時々話しかけた。

挨拶だとか、その程度だったけれど、一樹は必ず俺の方を見てから返してくれたんだ。

席替えをすると、また話さなくなった。

進級をすると、会うこともなくなった。


三年生になったとき、また同じクラスになった。


「あ、また同じクラスじゃん」


一樹を見つけて、すぐに声をかけた。


「柳瀬、だっけ」


一年の時に少し話しただけだったから、覚えていてくれたことが嬉しかった。

絶対に忘れるタイプだと思っていた。


今年は高校最後だからって、一樹とも連絡先を交換した。

メールを送ると、返事は早めに返ってきた。


時々、一緒に帰るようになった。

その時にはもう、一樹がただ暗いやつじゃないって解っていたから、どんなやつなのか興味があった。


結構仲良くなったつもりだった。

けれど、一樹は自分から声をかけてくることもなかった。メールもいつだって俺からだ。


友達とは思われてないのかもな。

そう思って、聞いてみた。

「なんで、自分からはメールとかしてこないの?」


話しかけてこないし、誘うのも、いつも俺から。その理由が知りたかっただけ。


「……ごめん」


返ってきたのは、謝罪の言葉。

少しだけ苛ついた。


「理由を聞いてるんだけど」


自分で思ったよりも、低い声が出てしまった。怒っているように見えたかもしれない。

気まずくなって、黙って答えを待っていると一樹がようやく口を開いた。


「何て送ればいいか解らないから」


その答えに、思わず笑った。

それで更に「ごめん」と謝るものだから、笑いが止まらなかった。


「コミュ障かよ」


仲良くなったつもりでも、まだ一樹とは壁があったみたいだ。

自分で思っていたよりも、一樹と仲良くなるのは難しいのかもしれない。

それからは、前よりも頻繁に声をかけるようにした。

そうすれば、ちゃんと仲良くなれる気がしたから。

一樹もちゃんと答えてくれる。

ある時、一樹が俺に遠慮して離れようとしたことがあった。


「面倒くさいだろ。無理に話しかけなくてもいいよ」


そんなことを言うものだから、笑い飛ばしてやった。


「一樹は遠慮しなくていい。面倒くさくなったら、勝手に疎遠になるから。わざわざ自分から疎遠になる必要はない」


多分、今だけの付き合いだから。

無理矢理離れなくても、いつかは疎遠になるんだから。

そう思っていたけれど、卒業してからも連絡は取り合っていた。

違う大学に通って、疎遠になるだろうと思っていたけれど、時々メールをするとちゃんと返ってくるから。

だから、なかなか疎遠にならなかったんだ。


喧嘩もしたっけ。

些細なことだった。

俺が子供だっただけで、一樹は悪くないのに喧嘩になってしまった。

一樹がいつまで経っても俺と仲良くなろうとしてくれないから、面白くなかったんだ。


友達だと思ってもらえないのが、寂しかったんだ。

いつも思っていた。一樹は遠い存在だって。

俺とは別の場所に居るんだって。

少しでも近づきたくて、努力した。

努力しても追い付けなかった。


学歴とか、経歴だけみれば、俺の方が上なのにって嫉妬もした。

必死に取り繕って、見下そうとした。

そんな自分が、嫌になった。


けれど、一樹はそんなこと気にしなかった。

気にもしてもらえない存在なのかと落ち込みそうだったけれど、違った。

一樹は、ちゃんと俺のことを見てくれていただけだった。

それが、嬉しかった。


それからは、ちゃんと話すようになった気がする。

今までみたいな友人関係じゃなくて、お互いを理解するための友人関係を築いていこうと話すようになった。


そんな一樹だから、気付いてほしかった。

言葉にしなくても、解って欲しかった。

ただの、俺のわがまま。

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