第28話 破られた指紋認証
柿坂は、数人の警官を連れてメガソフトへ向った。社長室に着いたのは夜十二時過ぎだった。
盛高は、興奮で体を震わせながら事の次第を説明した。
「…それで戻って来た時には足枷は無かったんですね」と柿坂。
「同じことを何度も言わせるな」
「その男は、確かに、私のアシスタントだと言ったんですか?」
「ああそうだ。くそっ! わざわざアシスタントに連絡させること自体、変だと気づくべきだった。私をここから遠ざけるためだったんだ。それにしても、音声と指紋認証をどうやって破ったんだ? 絶対に破れないはずなのに」
それは柿坂にも疑問だった。あれだけの守りを、どうやって破ったのだろう? 特種な装置でコンピュータを細工したのだろうか?
「くそっ、なぜだ!」
盛高はデクスを叩きつけた。
「落ち着いてください」
盛高は、そう言った柿坂を睨み返した。
「馬鹿者が! 分かったような口をきくんじゃない。あれはメガソフトの最高の技術を集めた、いってみれば私のプライドだ。それを、取り付けた次の日にやられた。しかも、どうやってやられたか見当もつかない。この気持ちがお前なんぞにわかるか」
興奮した盛高の顔は茹でダコのようだった。暑くなったのか、片手でネクタイを緩めた。真っ白なシャツの襟元に、黒い汚れがついた。
「社長、手に何か」
盛高は自分の手を見て、
「鉛筆かなにかで汚れたんだろう…今はそんなくだらんことを気にしている場合か!」
——おかしい……
柿坂はデスクに手をつき、盛高のペン皿をのぞきこんだ。そこに鉛筆は一本もない。ペン立てにも鉛筆はなかった。鉛筆削りもない。
——盛高の手は、どこで鉛筆の芯に触ったのか?
デスクから離れた柿坂がふと自分の手を見ると、さっきまで手をついていた部分が黒く汚れていた。デスクの上をよく見ると、キーボードの近くに黒い粉がうっすらと散っているのに気がついた。
「何をしている! 自分の手を見ている暇があったら、フロイドの手口でも考えたらどうだ。…そうだ、うちの技術者をたたき起こして監査ログを調べさせよう」
盛高は電話に手を伸ばした。
「待ってください。どうやら手口が分かりそうです」
「なにい?」
柿坂はキーボードの表面に顔を近づけて観察すると、次にコンピュータのモニターのガラス面に顔を近づけた。
盛高はそんな柿坂を、穴のあくほど見つめた。
「お前に分かるほど、事は単純ではない」
柿坂はモニターの近くから何かを見つけて拾い上げた。紙の細い切りかすだった。光にかざして見ると、それは紙ではなくプラスチックのようだった。片面は濃い灰色で、もう一面には黄色い紙がついている。間に爪を入れると、二枚はきれいに剥がれた。剥がれた面には糊がついていてシールになっていた。
柿坂の記憶の中にひらめくものがあった。これは確か…
「いや、意外と簡単かもしれないですよ」柿坂は言った。
「思い上がりもいいかげんにしろ」
柿坂は盛高を無視して部屋の中を観察した。フロアカーペットの壁に近い場所に、埃が落ちていた。ちょうど社長のデスクの後ろ。他の部分はきれいに掃除されていたが、そこだけに埃があった。そこに行って上を見ると、エアコンの通風口があった。柿坂は椅子に乗ってカバーを開け、内部を見た。ダクトの内側に、ガムテープを貼った痕跡があった。ちょうど本くらいの大きさのものを固定してあった跡だった。
「くだらん探偵ごっこはもうやめろ。技術者をたたき起こした方が早い」
盛高は受話器に手を伸ばした。
椅子から降りた柿坂は、その手を押さえた。
「手口がわかりました」
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