第27話 フロイド逮捕

 七月二十五日の夜、社長室で、盛高は遅くまでコンピュータに向い、ライバル社の吸収合併に関する資料を読んでいた。

 同じフロアの社員は皆帰ったようだった。

 ポケットの携帯電話が鳴った。

 出てみると、聞き慣れない声だった。

「すみません夜分遅く」

「誰だね?」

「私、SOD警備保障の、柿坂のアシスタントをやっております山本と申します」

 山本?

 聞いたことのない名前だった。

「アシスタント?」

「はい、いつもは本社の方におりますので、社長にはお目にかかっておりませんが、盛高社長のことは柿坂からいつもうかがっております」

 使い慣れない敬語を使う若者特有のぎこちなさはあったが、折り目正しい態度に盛高は好感を持った。

「どんなご用件かな?」

「突然のお電話、お許しください。それが……柿坂チーフから社長にお伝えするようにと言われまして…」

「今でないといけないのかね?」

「はあ、実は、フロイドの正体をつき止めたらしいのです」

 まさか、と盛高は思う。間抜けな柿坂にそんなことができるとは……

「フロイドを捕まえたのか?」

「フロイドとデクスターが、同一人物だと分ったんです」

「何!」

 ——どこかでそんな気がしていた。しかし、まさか本当に……

「それで、今、うちの柿坂が、警察と一緒にフロイド……デクスターの隠れ家に向かっています。逃げ出す前に捕まえるつもりです」

「警察も乗り出したのか?」

「ええ、一周間か前から警察と協力して、極秘捜査を続けていましたから」

 盛高は唸った。どうやら柿坂は、それほど馬鹿ではなかったらしい。

「それで、逮捕の際にですね、逮捕した人間が弟さん本人であることを、第三者に確認してもらう必要があるのです。それで盛高社長にも現場にいらしていただきたいのですが」

「私がか?」

「急なお願いで申し訳ありません。しかし、社長に確認していただけないと逮捕にも踏み込めないもので。柿坂は、警察と一緒に高速のサービスエリアで待っています。今から場所を申し上げます…」

 盛高は、言われたサービスエリア名をメモした。

 ——しかし、あいつが逮捕されるのか……

 電話を切ろうとすると、相手はあわててつけ足した。

「いけない、忘れてた。もうひとつお願いすることがあったんだ。いらっしゃる時に、柿坂の机にあるファイルを持って来ていただけませんか。逮捕に必要な書類です。今からファイルのある場所をお教えしますから、この電話を切らないで柿坂のデスクまでいらしていただけませんか?」

 人に指示されるのは気分が悪い。だが、緊急事態では仕方ない。

「分かった」

盛高は携帯電話を持ってがらんとした警備管理室に入った。どれが柿坂のデスクなのか分からない。

 暇そうにしている当直の警備員に尋ね、デスクを見つけると、盛高は携帯電話を耳に当てた。

「そのファイルとやらは、どこにある?」

「ちょっとお待ちください、今、メモをどこかへやってしまって…」

 電話の向こうでガサゴソと音がした。盛高はイライラしながら待った。

「あ、ありました、えーと…、ちがった、これじゃない」

 山本という男は、再び電話口でガサゴソやり始めた。

 ——急いでいるというわりには手際が悪い…人をこんな所へ立たせておいて、柿坂も柿坂なら部下も部下だな。

 たっぷり一分近くもかかってメモを探しだ出したアシスタントから場所を聞いた盛高は、そのファイルを持って社長室へ取って返した。

 机の上のペンや手帳を鞄に入れ、上着を取った。部屋を出がけに明かりを消し、保管庫の扉のパネルに、緑と赤のランプが点っているのを確認した。警備システムは問題なく働いている。そして、部屋の壁の下隅に光る、電磁波銃を無効にする装置のランプも確認した。正常に作動している。

 社長室を後にした盛高は地下駐車場から自分の車に乗り込み、首都高速の湾岸入口へ向かった。

「あいつもこれで終わりか……」

 盛高は薄笑いした。さっきまであった弟へのわずかな同情はもう消えていた。

 サービスエリアに到着した盛高は、言われた通りにレストランの中を探したが、柿坂も警察もいなかった。駐車場をくまなく探したが無駄だった。さらに三十分近く待ったが、誰も姿を現さなかった。おかしいと感じた盛高は、会社に引き返した。

 社長室に戻ると、保管庫の扉が開きっ放しになっていた。

 足枷は消えていた。

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