第17話 裏ハッカー デクスター
つくづく裏の世界は恐ろしい。そう柿坂は思った。業界トップの頭脳を集めたメガソフトでも、裏ハッカーの作ったウィルスに対処できないでいる。…だが、それだけのものを作れる人間が裏の世界にいるなら、そのワクチンを作れる人間も、裏の世界にいるかも知れない。ひょっとしたら、ワクチンそのものも、裏の世界のどこかに存在するかもしれない。
柿坂の頭の中が、パッと明るくなった。だが、その明かりはすぐに消えた。
柿坂は裏の世界にコネなどない。プログラマーの知り合いはおろか、コンピューターに詳しい友人さえ…、そう考えて気がついた。
いや、いる……大友だ! あいつは元ハッカーだったはずだ。
森本の探偵事務所に電話した柿坂は、大友に電話を代わってもらうと、システムの穴のことから始めて、フロイドのウィルスまで、大ざっぱな事情を話した。
「ワクチンを探しているんだが…」
「あると思うよ」
大友は言った。
柿坂の目の前が再び明るくなった。
「本当か?」
「ウィルスを作る時は、念のためにワクチンも一緒に作るからね。自分のマシンが感染したら大変でしょ。あと、他人のマシンにウィルスを送り込んで、後で高い金で自分のワクチンを買わせたりもするしね。そのためにもワクチンは作っておく必要がある」
柿坂は自分の顔がほころんでいくのがわかった。
「じゃあ、作った本人を探し出せば…」
「いや、そこまでしなくても、ランクの高い裏ハッカーなら、ワクチンのコピーくらい持ってるはずよ」
これは意外と簡単に済むかも知れない。
「その、ランクの高い裏ハッカーというのには、どうしたら会えるんだろうか」
大友は長い唸り声を上げた。
「うーん、僕自身、裏の方は専門じゃないしなぁ…。ランクの低い奴らなら何人か知っているけど、あいつらじゃワクチンは持っていないだろうし、かといって高いランクを紹介してくれと言っても、簡単には教えてくれないだろうし…」
どうやら裏ハッカーの世界と、表のハッカーの世界は違うらしい。大友は表のハッカーなのか。
「名前とか、居場所だけでも分からないか?」
「…そうだな、ハンドルネームしか分らないけど、世界的に有名な裏ハッカーが日本にもひとり居るよ」
柿坂は藁を掴む思いだった。
「教えてくれ」
「デクスターと呼ばれているんだが。その男は裏の世界では五本の指に入るよ。最高ランクだ。最近日本に帰ってきたという噂があるけど、今どこに居るかはわからない。もちろん本名は誰も知らない…」
「そんなにすごいのか」
「表でも裏でも有名だよ。まあ、名が売れ始めたのは最近だけどね。ペンタゴンや国際銀行なんかを片っ端からハッキングして有名になったんだ。刑務所にも何回か入っているし、盗んだ軍事機密を、イラクや北朝鮮に売っているという話もある。まあ、テロやスパイ活動に関わっていたとしても何の不思議もないけどね。…デクスターならどんな裏のウィルスも知っているし、ワクチンも持っているのは間違いないはずだよ」
そう言われても柿坂の気分は重かった。
「どうすれば会えるんだろうか」
「ごめん。本当にハンドル名しか知らないんだ」
いくらなんでもそれだけでは探しようがない。
「いや、こちらこそいろいろ教えてもらってすまない」
「メガソフトがクライアントなら、そっちに聞いてみればいいなじゃいか」
「それも考えたよ。だけど裏の事情にはそれほど詳しくなさそうなんだ。裏のウィルスには手も足も出ないようだし…」
「それはわからないぞ。ウィルスに手が出なくても、デクスターのことくらい知っているかもよ。探偵をやってるとよくわかるが、警察だってヤクザの動きを全部つかんでいるわけじゃないだろ? でも、幹部の居所はきっちり分かっているもんだ」
「…それもそうだ。考えてみるよ。いろいろとすまない」
だが、盛高がデクスターについて知っているとは思えなかった。
柿坂が電話を切ろうとすると、大友はあわてて言った。
「もうひとつ余計なお世話かもしれないが、そのフロイドという奴は、きっと、今動いている予備システムにもウィルスを植えつけるはずだぞ。僕ならそうする」
「穴はできる限り塞いだが…」
「そういう時は監査ログを調べてみろよ。外からの攻撃があれば、ログに記録が残るはずだからな」
「でも、監査ログは書き変えられているかもしれないんだ」
「それなら攻撃された回数の記録だけを見てみろ。普通ハッカーっていうのは、侵入したコンピュータのなかで悪さをした証拠を消すために、ログは必ず書き変えるもんだ。でも、攻撃回数の記録まで丁寧に書き変えやしないよ」
「そうか、それで何回も攻撃されていれば、ウィルスを植え付けられている可能性があるってことか」
「いや、逆だよ。何回も攻撃されてるってことは、守りが固くて侵入できなかったってことだ。逆に、ある時から攻撃がピタリと止めば、その時に侵入が成功したと考えられる。その後はもう、攻撃する必要がないわけだからね」
受話器を置いた柿坂の気は重かった。頼みの綱はデクスターしかいない。盛高にもう一度当たってみるしかない。たとえいやな思いをしても、仕事のためだ。
柿坂は社長室を訪れ、事情を話した。
デクスターという名前を聞いた盛高は、苦虫を噛み潰したような表情をした。
柿坂は、怒鳴られると察して緊張した。
「調べてみよう」
盛高はそうつぶやいた。
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