第15話 フロイドの失敗

 その頃、モンクは、カーテンを閉め切ったいつものマンションで、渋い顔でパソコンに向かっていた。

 画面には、フロイドからの通信文が映っていた。


『予定より早くウィルスが働き始めたのは、なぜだ?』


 ウィルスは、こんなに早く動き始めるはずではなかった。もっと長く眠らせておき、敵が穴を塞いで安心した後に目覚めさせ、システムを麻痺させると同時に、盗みに入る予定だったのだ。それが、モンクのミスで二週間も早くウィルスが動き出してしまった。おかげでウィルスは発見され、警備員の数は増え、こちらの準備は何もできていない。


『設定を間違えただけだ』


 モンクはそう打ち込むと、送信した。すぐに返事が来た。


『なぜだ?』


 フロイドは怒っている。いつものフロイドはこんなにしつこくはない。やはり、父親の仇討ちがかかっているせいか? だが、モンクの方にも言い分がある。


『時間がないからといって、アングラもののコピーなど使うからだ。他人の作ったものの手直しなど、なぜ俺がやらなきゃいけない? しかも、あんなに複雑なコード、とても付き合ってられないね』


 これがモンク自身が作ったウィルスなら、どんなに複雑でもミスは絶対にしなかったと誓える。

 一分ほどして返事が来た。


『たまには我慢しろ』


 モンクは舌打ちした。フロイドはハッカーの気持ちがまるで分かっていない。心理学とコンピュータを専攻したとは思えなかった。ハッカーは、自分の興味にだけに忠実な生き物なのだ。興味のない仕事を我慢してするくらいなら、死んだ方がましだった。

 モンクは「俺は降りる」とタイプした。自分がいなければ、この仕事は不可能だ。しかし、リターンキーを押す前に手を止め、別の文を打ち始めた。


『次の手を考えようぜ』


 一度は協力すると言ったのだ。その約束は守らねばならない。


『次の手は無い』


 とフロイド。

 まだヘソを曲げている。

 モンクは癪にさわった。フロイドが次を考えていないはずなどないのだ。


『いいかげんにしろ』


 五分以上待ったがフロイドの返事は来なかった。ひょっとして本当に考えが浮かばないのか? いままでそんなことは一度もなかった。十分以上してから文が表示された。


『潜伏期間をミスった理由を、もう一度聞きたい』


 モンクはまた舌打ちをした。ちくしょう、まだこだわっていやがる。

 そして乱暴にキーを叩いた。


『理由。仕事がクソったれだった』


『それじゃない。複雑なコードについてだ』


 とフロイド。

 モンクはうんざりしながらキーを叩いた。


『あのウィルスは、ワクチンを効かなくするために、特別に複雑な構造になっていた。だから改造が難しかった。これでいいか』


 そうタイプしたモンクは、「あ!」と声を上げた。

 ——そういうことか。メガソフトといえども、あと二週間でワクチンを開発するのは無理だろう。

 フロイドの返事が表示されていた。


『ということは、そのウィルスはまだ使える』


 その通り。今、もう一度ウィルスを注入すればいいだけの話だ。そうすれば、予定通り二十五日に目覚めてシステムを麻痺させるはずだ。

 モンクはフロイドとの回線を切り、すぐにメガソフトの警備システムにアクセスした。以前の穴はまだ塞がれていなかった。そこを通り抜けて、やすやすと内部に潜り込んだ。

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