第14話 奇妙なウィルス

 警備システムが麻痺した原因は、フロイドの残していったウィルスだった。

 電話で島田から説明を受けた柿坂は声を荒げた。

「ウィルスに対する守りはしてないのか」

「穴から入って置いていかれたんじゃ、お手上げですよ」

「毎日チェックしてるんじゃないのか? 今回、足枷は無事だったからいいようなものの、これからもこの調子でいつやられるか、わかったもんじゃない」

「チェックはしてますよ。でも、このウィルスは新種です。チェックプログラムで認識できないように細工してある」

 島田も大声になっていた。

「細工?」

「自分の姿を、システムの一部に同化させるような仕掛けがしてあるんですよ。…ほら、虫とかでそういうのがいるでしょう。周りと同じ色になって隠れてしまうのが。それと似たような仕掛けがしてあるんです。だから見つけられない。活動し初めてわかるようになっているんです。わかります?」

 柿坂は、そのくらいわかる、と怒鳴りたい気持ちを押さえた。

「予備のシステムはどうなんだ?やはりウィルスにやられているのか?」

「そっちにも入っている可能性は、ありますね」

 柿坂は拳でデスクを打ちつけた。

「どうすればいい?」

「特製のワクチンを作らないと」

「ワクチン?」

「ワクチンプログラムのことです」

「作れるのか?」

「とんでもない。うちはウィルスの専門じゃない。それはメガソフトの方が専門でしょ」

 できれば盛高に頼みごとはしたくなかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 柿坂は電話を切って社長室に向った。


 本社に戻る電車の中で、柿坂は、ついさっきの盛高の意外な反応を思い返した。新種のウィルスと聞いたとたん、盛高は子供のように目を光らせた。そして、メガソフトの技術者を動員してワクチンを開発すると約束したのだった。

 新種ウィルスというのは、それほど興味が湧くものなのか? ワクチンづくりが、目の色まで変わってしまうほど楽しいものなのか?

 どうも技術者というのは理解できない、と柿坂は今さらながらに思った。


 その頃メガソフト社の社長室では、盛高が、ウィルス部門のチーフエンジニアから報告を受けていた。

 電柱のように背の高いエンジニアの顔には疲れが浮かんでいた。社長を前にした彼は、ぎこちない動作で持参したノートパソコンを指した。

「この中には隔離したウィルスが入っています」

 エンジニアがキーをいくつか叩くと、プログラムコードが表示された。

「これがソースコードです」 

 盛高はうなずく。

「このウィルスは、驚いたことに、自分で、自分のソースコードを書き替える機能があるようです」

「まさか」

「そう思われるでしょうが…」

「理論的には可能だが、実際にできるはずはない」

「証拠をご覧にいれます」

 エンンジニアはノートパソコンを自分の方に向け直し、キーを叩いた。

「このウィルスを、テスト用の疑似システムの中に植え付け、時間をおいたあと、もう一度取り出してソースコードを比べてみました」

 彼は画面を盛高の方に向け直した。さっき表示させたソースコードの横に、別のソースコードが表示されている。

「赤い字の部分が、自動的に書き替わった場所です」

 盛高は顔を近づけてふたつを見比べた。

 確かに変わっていた。

「信じられん」

「私も最初は信じられませんでした。本当によくできています。天才的です」

 盛高は、エンジニアを諫めるように睨んだ。彼は慌てて口を閉じ、それから小声で続けた。

「…問題は、このウィルスに対するワクチンを作ることが、不可能ということです。ワクチンを作っても、ウィルスの方が姿をどんどん変えて行くので、撃退すべきウィルスを特定することができません」

「わかり切った説明はするんじゃない。だが、姿を変え続けるといっても、変わらないコアの部分があるはずだろう」盛高は大声で言った。

「それが…見つからないのです」

「冗談はよせ」

「しかし…」

「そんなウィルスなど作ることはできん。フロイドごときに作れるはずがない」

「はあ、フロイドというより、調べましたところ」エンジニアはそこで言葉を切り、迷った末に続きを言った。「これは昨年のアンダーグラウンドのウィルスコンテストのグランプリ作品のようです」

「なにい」

 盛高は頭がカッと熱くなるのを感じた。アンダーグラウンドのハッカーほど盛高の気にくわない奴らはいなかった。違法コピーでメガソフトに年間何千万円もの損害を与えているだけではない。コンピュータの世界でトップに立っているはずの盛高に、唯一コントロールできないのがアンダーグラウンドの輩だった。それを考える度に、盛高は、苛立ちと、ぼんやりした恐怖を感じるのだ。

「コンテストなどと、ふざけたことを…。だが、どういうことだ。フロイドがそれをコピーしたというのか」

「おそらくそうでしょう。これほどのウイルスは、短期間では作れません。つまり、今回のために作ったとは思えません」

「それのオリジナルは手に入るのか?」

 オリジナルを調べれば、ワクチンのヒントが見つかるかもしれない。

「それは難しいかと…」

 裏の世界がどれほど閉鎖的かは、盛高もよく知っている。

「ということは、フロイドは裏の世界の人間ということか…」

 盛高は初めて不安をおぼえた。フロイドに、ひょっとしたら、やられるのではないか。

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