第13話 裏切りのアウトソーシング

 柿坂はエレベーターの中で、壁に頭突きした。

 ——フロイドの予告期限には、とうてい間に合わない。だが、うちの技術の連中の腕では、それも仕方がない。現に、盛高が数時間で見つけた穴を、何日もかけて、それでも見つけられなかったのだ。

 それなら、盛高に頼んで……

 柿坂は頭を振り、頬を平手でピシャピシャと叩いた。

 ——こちらにだって警備のプロとして、プライドというものがある。

 穴を見つけるために、外部のプログラマーを雇い入れることを考えた。腕のたつプログラマーを二、三人雇えば、一週間程度で何とかなるかもしれない。

 しかし、島田をはじめ技術の連中はどう思うだろう。プライドを傷つけられ、柿坂に裏切られたような気持ちになるのではないか?

 ——自社の人間を信用しないでどうする。仕事はチームワークなんだ、弱い部分をカバーし合ってやっていかないでどうする。

 エレベーターから降りると、ホールに野際がいた。柿坂は軽く礼をしてすれ違った。

「後日の午後、開けといてくださいね」

 柿坂は振り返った。

「プログラマーの面接です」と野際。「うちのプログラマーを入れ替えます」

「待て……いや、待ってくださいよ、そこまでしなくても」

「他に方法があるんですか?」

「同じことを私も考えましたが、それがいい方法とは思えない」

「柿坂さんに考えてもらうつもりはありませんよ」

「どういうことです?」

「これは盛高社長からの指示です」

「あの社長はただの依頼人でしょう」

「うちのポンコツプログラマーにこの仕事は大き過ぎますよ。へたをすれば半年くらいかかるでしょ」

 それは当たっている。

「じゃあ、明日の午後、時間空けといてください」

 柿坂には釈然としない気持ちが残った。確かに野際の、いや、盛高の指示は理にかなっている。今は腕の立つプログラマーを雇うのが一番いいのだろう。だが、盛高にそこまで指示する権限はない。

 ——いったいうちの会社は、いつからメガソフトの子会社になったのだ。


 次の日、柿坂と野際は面接と試験を行ない、プログラマー三人を雇い入れた。

 その一人、水本亜紀は、肩から斜にかけたポシェットの中に、いつもハムスターをつれて歩く、変わった娘だった。

 二人目の鮫島巌は、一ヶ月に一度しか風呂に入らない、体臭のキツい若者だった。

 三人目の小田加奈子だけはまともで、髪を茶色に染め、ブランドもので身を固めた、普通のOL風だった。柿坂は嫌いなタイプだったが、他の二人に比べれば、彼女の薄っぺらい普通さは安心できた。こんなに普通で、本当にプログラマーなのだろうか、と柿坂は疑ったが、彼女の入社試験の成績はトップだった。


 翌朝、メガソフトの警備管理室へ直行した柿坂は、雇ったプログラマーたちに今後の指示を出した。

 小田可奈子は、今日はスカーフの代わりに、金のネックレスを光らせていた。手首には輸入物の腕時計がちらりと見えた。

 どうせ親の金で生活し、稼いだ分は全部こういう物に注ぎ込んでいるにちがいない、と柿坂は想像した。

 ハムスター娘、水本亜紀は、しっかりハムスター連れて来ていた。

 鮫島巌は昨日と同じボサボサの髪、そして同じTシャツとジーパン姿だった。

「当分は三人ともこの警備管理室に直接出社してもらいます。私も当分はここに直行して来ます。そして、皆さんには、まず第一に、フロイドが入った穴を見つけて、塞いでもらいたいのです。それが終わったら、今度はプログラム全体の守りを見直して、穴が見つかったらそれを全て塞いでください」

「それが終わったらどうなるんですか」鮫島が言った。「一応、半年契約という話ですが」

「その後は、三交替制で、常にひとりがこの部屋に待機してもらいます。フロイドの攻撃があった時に、すぐに対処できるようにです。…あと、言い忘れましたが、皆さんがアクセスできるのはプログラムのセキュリティ部分だけです。システム本体はいじれません。疑っているわけではないのですが、これも万全を期するためです、悪く思わないでください」

 柿坂は、技術的な質問をされるのではないかと恐れていたが、質問はそれ以上出なかった。

 ひと安心して部屋を出ようとすると、後ろで声がした。

「あー、チーフ、大変でチュゥ」

 振り向くと、水本亜紀がコンピュータの画面を指差していた。

「システム、止まってまチュゥ」

 柿坂は走り寄った。マウスをクリックしても、コンピュータは何も反応しない。

 柿坂は部屋を飛び出し、保管庫のある社長室に飛び込んだ。

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