第9話 部長の腹割り戦法

 柿坂が社に戻ると、デスク一面に伝言メモが貼られていた。全て技術課からの内線だった。

 本社の警備システムの中から、盛高の署名のあるファイルが見つかったのだった。見つかったその場所は、システムプログラムの中で、本社の技術者しかアクセスできない特別な場所だった。

 内線で話した島田は、驚きと怒りで興奮していた。

「なんで盛高社長がうちのシステムをハッキングしなきゃいけないんですか」

 一体何を意味するのかはわからないが、これが言っていたテストであることは確かだった。

 柿坂はメガソフトに取って返した。


 盛高は、扇形のデスクの向こうで、まるで旨いものでも味わうように楽しそうな顔で言った。

「おたくのシステムの、重大な欠陥を見つけてやったんだ。感謝状のひとつも出すべきじゃないかね?」

 柿坂には分からない。

「セキュリティホールだよ。私がやったのと同じ手順を踏めば、誰でも、君のところのコンピュータを乗っ取れるんだ。システムを守る壁に、穴があいているのだよ。ただ、誰にでもそれが見つかるわけではない。私と同じ手順を踏まなければ見つからない。君にはサッパリ理解できんかもしれないが」

 柿坂はムッとした。

「私にだってそのくらいわかります」

 最近、柿坂はいやいやながらもコンピュータの勉強を始めた。盛高の言っている「壁」とは本当の壁ではなく、プログラム上の「壁」のことだ。外部からの侵入者をチェックし、正体のわからない者のアクセスを妨げる防衛プログラムのこと。ところが、そのプログラミングが複雑なせいで、人の目が行き届かず、チェックなしで通り抜けられる方法が残されてしまうことがある。これをがセキュリティホールと呼ばれるもので、盛高は「穴」と言っているのだ。

 盛高は疑い深く柿坂を見ながら、

「早急に穴をふさぎたまえ。フロイドが見つけたらどうするつもりだ。穴を塞がない限り、契約は考え直させてもらう」

「そんな…、もう機械も全て取り付け終わっているのに」

「まだわからんのか。警備システムを乗っ取られたら、カメラもセンサーも何の役に立つ?」

 確かにその通りだった。


 それから丸一日経っても、技術課は穴を塞げないでいた。盛高がたった数時間で見つけた穴の、ありかさえまだ見つけられない。

 柿坂は、アメフトのボールを持ってただ一人敵陣を走っているような不安を覚えた。

 こんなことをしていては、フロイドにいつやられるか分からない。だが、どうもこうも柿坂自身にはやりようがない。一体どうすればいいのか?

 そう思った柿坂は、とにかく全て隠さず太地に報告し、何かアドバイスをもらうことにした。


 話を黙って聞いていた太地部長は、いきなり笑い出した。

「見つからないなら、盛高社長に教えてもらうしかないだろう」

「しかし、さっきもお話した通り盛高社長は…」

「当たってくだけろだ。俺が明日にでも一緒に行って頼んでみよう。なあに、依頼人というのは、ある意味じゃ仲間だ。うちが困れば、依頼人だって困る。こういう時は素直に腹を割って、教えてください、と言えば、むこうも無視するわけにはいかないさ」

 これまでにも太地は『腹を割る』戦法で、窮地を何度も切り抜けてきた。今度もきっと何とかなる、と柿坂は思い始めた。


「無理な話だ」

 テーブルにおでこをつけた太地に向って、盛高は冷たく言った。

 顔を上げた太地の表情は苦しそうだった。

「どうしても、だめですか」

「だいたい、太地さんねぇ…」盛高の声が大きくなった。「頭を下げても、どうにもならんこともある。この場はそれで切り抜けられるかも知れんが、我々の敵はフロイドだ。私が穴の場所を教えたとしても、フロイドが別の穴を見つけたらどうするつもりだね? 今度は、フロイドに頭を下げに行くのか?」

 太地は、再び顔を伏せたまま動かなかった。

「…そこを、何とか」


 柿坂たちが帰った後、盛高は太地の後頭部を思い出し、無性に腹立たしくなった。

 ——無能め。

 ——頭を下げるのが仕事だと勘違いしている。ああやってその場しのぎばかりしているから、重大な欠陥に気づかないのだ。フロイドには、それでは通用しない。

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