第7話 フロイド

 カーテンを閉ざして薄暗くしたマンションの一室で、モンクは、ピアニストのような指でコンピュータのキーを叩いた。

『城は建った』

 そう打ち込むと、リターンキーを押した。相手の返事が画面に表示された。

『すぐ行く、開戦だ』

 モンクは返事をタイプする。

『だが、火がつかない』

 二、三十秒して返事が来た。

『何が不満だ? 金額か?』

『No』

 モンクは返事を返す。

『What?』

『民間企業のハックなど、子供のやることだ』

『メガソフトはちがう』

『軍と比べれば甘い、興味ない。なぜ引き受けた?』

『メガソフトがオークションで不正を働いた』

『確かか?』

『オークションサイトに記録が残っていた。盛高は入札締切り後にサイトをハックして、自分が勝つように数字をいじった』

 モンクは口笛を吹いた。メガソフトならそのくらい朝飯前だろう。しかし、だからと言ってやりたくもない仕事をやる気にはならない。

『警察にまかせておけ。おれたちの出番じゃない』

『遺族を助けたい』

『いつから正義の味方になった』

 返事は表示されなかった。フロイドは考えている。文字が表示された。

『言いたくなかったが』

 それ以上は何も表示されなかった。モンクは「?」キーをひとつ叩いて送信する。だいぶ時間が経ってから返事があった。

『父のことだ』

 フロイドの親父さん…、以前にフロイドから話を聞いたことがある。確か、横領のぬれぎぬを着せられて、自殺したはずだった。それと今回の仕事と、どんな関係があるというのか。

 モンクはもう一度「?」を送る。

『父はデータの偽造ではめられた。会社の上の奴らは、父がコンピュータのことを何も知らないことにつけこんだ』

『弁護士を雇わなかったのか?』

『五年も前だ。コンピュータ犯罪に詳しい弁護士などいるはずもない。裁判官も同じだ。会社側が連れて来た専門家の言葉を、みんな鵜呑みにした』

 それも仕方無い。今でさえ、コンピュータ絡みの裁判をうまくさばける弁護士は少ない。

『どこかの社長と、やることが同じだと思わないか?』

 とフロイド。

 モンクはフロイドがこの仕事にこだわる理由がわかった。コンピュータの知識があるのをいいことに、横暴なことをする会社が、フロイドは許せないのだ。この仕事は、ある意味、フロイドの親父さんの仇討ちと言えるのだろう。

『輸送中に狙わないのは、そのせいか?』

『きっちりとお仕置してやりたい』

 モンクは腕組みした。

 民間のシステムを破るなどという恥さらしなまねをするくらいなら、三年前のようにプータローをやっていた方がましだった。しかし、フロイドには恩がある。軍事関係のシステムに挑戦するようなエキサイティングな仕事を持ってきてくれたのはフロイドだ。モンクのような日本人ハッカーには、めったに関われる仕事ではない。おかげでモンクの名声も上がった。そのお礼として、一度くらい付き合ってやってもいいかもしれない。

 モンクはキーを打った。

『むこうの準備ができた所で、次の日にでもぶち壊してやるか。その方がおもしろい』

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