第6話 盛高コンプレックス

 盛高社長は貧乏揺すりをしながら、柿坂たちが置いていった名刺を眺めていた。

 フロイドは一体どんな手口を使ってくるのか? それが盛高博の、一番の不安の種だった。あらゆる事態に備えて100パーセントの守りを固めておくのは不可能だ。ならば、フロイドの手口を予測し、それに備えて守りを重点的に固めておかなければならない。だが、それには、フロイドの情報が少なすぎる。

 盛高の心に不安がよぎった。

 あの二人でだいじょうぶなのか? ガタイはいいが頭はカラッポなのではないか? 大体、情報の重要性をまるで分っていない。いまだに監視カメラをたくさんつけて、腕のたつ警備員を立たせておけば盗みを防げると思っている。古い、古すぎる。そんなことでフロイドは防げない。

 盛高は、肩をそびやかして部屋を出ていった二人の、小山のような体つきを思い出した。心の底に葬ったはずの劣等感がよみがえった。

 子供の頃から盛高は、「チビ」、「お子様」、「とっちゃん坊や」と呼ばれ、仲間からバカにされていた。彼をからかい、あれこれと命令してこき使うのは、いつも体格のいいスポーツマンタイプだった。盛高が勝負できることといえば、「頭」しかなかった。頭で勝って、いつかあいつらに命令を下す立場に立ってやる——それが少年盛高博の夢だった。

 将来はコンピュータの知識を持つ者が力を握るにちがいない。そう考えた彼は、煙草にも女の子にも目をくれず、コンピュータの勉強に熱中した。大学を卒業してからしばらく大手コンピュータメーカーに勤め、八年前に父親の金を借りてコンピュータソフト会社を設立した。その会社が、今では業界トップの巨大企業になった。コンピューターの知識こそ力、という考えは正しかったのだ。

 今はもう、盛高を馬鹿にする者は誰もいない。皆がメガソフトの盛高博を恐れ、教えを請い、どんな命令にも尻尾を振って従うのだ。

 あの二人もそのうちに…。

 服従させてやる、という考えが浮かび、盛高は慌てて打ち消した。 

 ——大人げないことだ。昔の憂さを今晴らしてどうする。

 だが、もし太地と柿坂が本当に無能となれば、容赦しないつもりだった。その時は自分が上に立って、二人に指示を出してやらなければいけない。馬鹿に仕事を任せておいてもろくなことにならないのだから。

 目の前のコンピュータの画面が瞬いて、Eメールが来たことを知らせた。開けてみると、定期購読している専門家向けのニューズレターだった。盛高はいつもの習慣で、見出しに素早く目を通した。


『CPU、二〇〇五年までに倍速に。——ギガチップ社が新計画発表』

 別にどうということはない。専門家の誰もが予想していることだ。

『コンペック社とデラウエア社が合併』

 つまらない。強い者が弱い者を食うのは当然だ。

『二〇メガワットでコンピュータを狂わせる電磁波銃、コンピュータショーで試射』

 興味を引かれた盛高は、マウスをクリックして本文を開いた。

 二〇メガワットなどというハイパワーをコンピュータに向けるなどとは、まるで赤ん坊をブルドーザーでひき殺すようなもの。こんな物騒な物を作る奴が憎く思えた。

 読み始めようとすると、ノックの音がして秘書が顔をのぞかせた。

「先程、弟様からお電話がありまして、この番号に電話していただきたいと」

 メモを置いて秘書が出て行くと、盛高はそれを丸めてごみ箱へ投げ入れた。

「あの馬鹿が。のこのこ日本に舞い戻ってきやがって……」

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