第4話 携帯位置情報お知らせサービス
柿坂が家に着いたのは九時半過ぎだった。ダイニングテーブルには、バースデーケーキが丸ごと一つと、冷めたローストチキンが置いてあった。
妻はソファでノートパソコンに熱中していた。
またインターネットだ。
近頃パソコン教室に通い始めた妻は、家のことなどほったらかしで、四六時中インターネットをやっている。柿坂が不満げな顔をすると、「コンピュータはこれからのコミュニケーションを変えるのよ」などと、講座で教わったにちがいない台詞を口にする。
だが、柿坂は疑問に思っている。それが人間にとっていいことなのか?
柿坂の父親は、機械に繋がれて生き長らえている。半年前に交通事故で植物人間になった。機械から伸びた幾本ものチューブを通して、生きるのに必要な液体や気体を父親の体に流し込んでいるのはコンピュータだ。コンピュータのせいで親父は生きていると言える。だが、それはいいことなのか? 一足先に天国へ行った母親に会えるのを、コンピュータが遅らせているだけではないのか? 父と母の間を引き裂いているのは、コンピュータではないか?
柿坂はパソコンに張り付く妻の後ろをすり抜け、息子の部屋へ行った。
ノックして扉を開けると息子はいなかった。居間に戻って妻に尋ねると、晴彦はまだ帰っていないと言う。
「自分の誕生日にか?」怒ったように言いながらも柿坂はホッとした。誕生祝いに間に合わなかったことが帳消しになった。「で、あいつ、どこに行ってるんだ?」
妻はテーブルの上に乗った紙を指した。
「口では帰る、帰る、って言って、ちっとも帰ってこないのよ。あなた、ちょっと行って、引っ張って来てよ」
紙を見ると、それはファックスされた地図だった。
晴彦に持たせてある携帯のあり場所を、地図で教えてくれるサービスがあるのだ、と妻は言った。地図上の円で囲まれた中に携帯があり、持ち主の春彦もそこにいる、というわけだ。
この当時、地図をパソコンで見ることはできない。それができるようになるまで、あと10年ほどかかる。もちろんスマホは存在せず、携帯といえばガラケーだ。
地図を見ながら駅前のゲームセンターに行くと、晴彦は友だちとゲームに熱中していた。
柿坂は春彦が可哀想になった。文明の進歩のおかげで、二十四時間逃げも隠れもできないというわけだ。
春彦を連れて帰り、テーブルの上のケーキを前にして「誕生日おめでとう」と言う前に、息子は自分の部屋に入っていた。少しすると、コンピュータゲームの薄っぺらい爆発音が聞こえてきた。
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