第1話 ミッキーマウス級の難事件
SOD警備保障株式会社の警備隊チーフ、柿坂は、現場の高級ワンルームマンションに向かっていた。
今から30分ほど前、マンションの103号室の警備システムが作動し、監視センターに自動通報が入った。出動した隊員が部屋に到着すると、室内は何者かに荒らされていた。このような場合、通常は警察に連絡することになっていたが、住人女性は「連絡しないでくれ」と言い張っているという。対処に困った隊員が、チーフの柿坂に助けを求めて来たというわけだった。
柿坂が現場のワンルームに入ると、セミダブルベッドと、巨大なウォークインクローゼットがまず目に入った。本棚とドレッサー、机の引き出しが荒らされ、その中身らしき雑誌や化粧道具などがカーペットの上に散らばっている。
「もう帰ってください!」
若い女性が、2人の警備隊員を相手に叫んでいた。
その横に立っている体格のいい男は柴崎警部だった。警部は柿坂を見ると、「よう、よう」と親しげに近寄り、柿坂の腹にいきなりパンチを入れる真似をした。
「最近、ヤワになってきたんじゃないのか? 歳には勝てないか?おい」
2人は大学のアメフト部で一緒だった友人同士だ。
「お前も少しは進歩したか?」柿坂は憎まれ口で応える。「通報前に現場に現れるとは、鼻が利くようになったな」
「そう言いたいところだが、おたくのセンターから連絡があった」
どうやら監視センターのオペレーターが緊急と判断して連絡したようだ。
「で、これはどうなってるんだ」柿坂は住人女性を見て言った。
彼女は、二人の隊員を玄関から押し出そうとしている。
「住人が大学から帰った時には、すでに窓ガラスは割れていて、部屋が荒らされていたそうだ。それで、通報ボタンを押したと言っている」
「とられた物は?」
「何もないとさ」柴崎警部は床に散らばったままの物を見ながら、軽く肩をすくめた。
その女性が大袈裟に足を踏み鳴らしながらやってきた。目つきの鋭い、プライドが高そうな美人だった。
「私が何でもないって言ってるんだから、何でもないのよ! さっさと帰ってよ」
どうしても柿坂たちを早く帰したいらしい。
柿坂は、注意深く部屋を見回した。サッシ窓の錠付近のガラスが割れている。部屋は一階で、外は小さな庭だった。窓際のカーペットがうっすらと汚れているのに気がついた。気のせいか、汚れは靴の形に見えた。近づいて見ると、小さな土塊が落ちていた。
サッシ窓から外を見ると、地面に靴跡がはっきり残っていた。
「すぐ型を取らせようか?」と柴崎警部。
柿坂は、うなずきながら靴跡をよく観察した。つま先の向きを見ると、部屋に入る方向のものだけで、出て行った跡はない。
「その必要ないかもな」
柿坂は回れ右をし、大きなクローゼットにそっと歩み寄ると、扉を開けた。
若い男が中にうずくまっていた。
唖然とした柴崎警部が我に返り、
「出て来い!」
と怒鳴ると、さっきまで叫んでいた女性がこの男にかけより、かばうように抱いた。
「逮捕しないで! 私の彼なんです」
事情聴取をすませた柴崎警部と一緒に、柿坂はマンションを出た。
「最近の若いモンは、全く理解に苦しむ」柴崎はうんざりして言う。
「そう言うお前だって、若い頃は突拍子も無いことをやってただろう」
「だが、ああいう女々しいことはやらん」
部屋を荒らした彼氏は、彼女の浮気を疑い、その証拠を掴むために部屋に侵入したという。だが家捜しの最中に彼女が帰宅し、クローゼットに隠れたはいいが、すぐ警備隊が到着したので出るに出られなくなった。
警備隊が来て安心した彼女は、何の気なしにクローゼットを開けた時、中にいる彼氏を見つけた。驚いた彼女はどうしていいか分からず、とにかくクローゼットを閉め、できるだけ早く警備隊員たちを帰しにかかった、というわけだった。
「しかし、足跡の向きとはなぁ…」
「笑いたきゃ笑え、幼稚な推理だ」柿坂は自嘲気味に言った。
柿坂は子供の頃から推理小説や探偵小説が好きで、将来は刑事になりたかった。だが、その第一歩となる警察官の採用試験に落ち、少しでも近い仕事を望んで民間の警備会社に就職した。ある意味、柿坂は挫折組だった。第一志望の警察官なった柴崎に対して、劣等感が拭えない。
「ところで名探偵、メシでも食っていかないか? 昼前から駆り出されて腹が減った」
柴崎に、他人の複雑な気持ちを察するデリカシーはない。
「もう昼か?」
柿坂は時計を見た。部長と大事なミーティングがあるのを忘れていた。
「すまん、急ぐんだ」
柿坂は自分の車に駆け寄った。
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