第35話 ミンチ

「・・・・・・。」

 大切な家族、黒い犬のハウンドを失って、無気力状態の黒花はボケーっと座り込んでいる。

「イバラちゃん、大丈夫?」

 黒い妖精ヘルも、黒花のことを心配している。

「・・・・・・。」

 しかし、黒花は返事をしない。

「イバラちゃん! イバラちゃん! ちょっと! イバラちゃん!」

 黒い妖精は、黒花を大声で呼びまくる。

「え? なに?」

 ボーっとしていた黒花に意識が戻る。

「え? なに? じゃないでしょ!? しっかりしてよ!? イバラちゃん!?」

 黒い妖精は、黒花に正気に戻ってほしかったので、大声で名前を呼び続ける。

「ヘル、うるさい。静かにして。私を放っておいて。」

「放っておける訳ないでしょ!? イバラちゃんは、私の家族なんだから!」

「家族!? 家族・・・家族・・・家族。」

 ヘルは黒花を思って言ったことであるが、黒花の心に棘が刺さる。

「ウオオオオオオオー!!! ウエエエエエエエー!!!」

 感情の込み上げてくる黒花は自分の心を制御できなかった。

「大丈夫!? イバラちゃん!? 落ち着いてよ!?」

「私は、また家族を守れなかった!? お父さん!? お母さん!? ハウンド!? キャアアアアアアー!!!」

 黒花は、発狂すると気を失って倒れた。

「ダメだわ。この子、完全に神経がいかれちゃってるわ。」

 ヘルは、黒花は家族を失ったトラウマでおかしくなったと感じている。

「無理もないか。あの後、殺した女を二本の刀で跡形もなく細切れのミンチにしたんだから。まあ、美味しかったけど。もう正気の沙汰とは思えなかったわ。イバラちゃんは、完全に狂気にとりつかれているのよ。」

 黒い妖精ヘルは、ジーッと倒れた黒花を見つめる。


「イナリちゃん!?」

 ふと、カロヤカさんは、自分の名前を呼ばれた気がして振り返った。しかし、誰もいなかった。

「誰もいないよ。あんた、若いのに認知症かい? 気の毒に。」

「誰が認知症ですか!? 私は、まだ16歳で健康です!」

「大丈夫だよ。カロヤカさんは、友達のことが心配なだけだよ。」

「違うね。私の見立てでは若年性認知症だね。」

「もうやめてよ!? お母さん!?」

「勝手に人を病人にしないでください!」

 カロヤカさんは、妖狐の山の妖狐の親子、母親の玉藻前と子供のコンコンに会いに来た。

「悪いけど、美少女戦士だろうが、魔法少女だろうが、侍少女だろうが、忍者少女だろうが、侍忍者少女だろうが、死のうが生きようが、ミンチになって、ハンバーグにされて食べられたとしても、私には関係ないね。」

 玉藻前は、人間に興味がなかった。

「そんなことを言わないで助けて下さいよ!? 何らかの事件が起こっているんですから!?」

 カロヤカさんは、未来の義理の母親に食って掛かる。

「そうだよ。お母さん。カロヤカさんの頼みなんだから。お母さんなら、不逞の輩も一瞬で闇に葬り去れるんだから。コン。」

 コンコンも母親にカロヤカさんに協力してほしいという。

「私が興味あるのは、カロヤカさんが息子の子供を何人産むかってことだよ。カロヤカさんが何人、妖狐の子供を産むのか楽しみだね。ケッケッケッケ。」

「な、な!?」

「お。お母さん!?」

 玉藻前の悪ふざけに、思わず照れるカロヤカさんとコンコン。

「よ、用件は伝えたので、私は帰ります。失礼しました。」

 カロヤカさんは、赤面しながら去って行く。

「お母さん!? なんていうことを言うんだよ!? カロヤカさんが怒って帰っちゃったじゃないか!?」

「仕方がないだろ。新しいお客さんだ。」

「え?」

 玉藻前の言葉に周囲に振り替えるコンコン。

「よく分かったわね。狐の分際で。オッホッホー!」

 現れたのは、黒花と黒い妖精ヘルだ。

「血の匂いがする!? こいつらヤバイね!?」

「危険だから未来の妻を逃がしたんだね! さすがお母さん!」

「だって孫の顔はみたいじゃないか。」

 玉藻前の分かりにくい優しさである。

「イバラちゃん。あの狐よ。あなたの両親を殺した、憎い妖怪の親分は。」

「あれがお父さんとお母さんの仇。」

 黒い犬ハウンドが殺されて、落ち込んでいた黒花とは少し雰囲気が違う。

「殺す。殺す、殺す、殺す! 殺す! 殺すー!」

 黒花は、狂気にとりつかれたみたいに荒れ狂っていた。

「そうよ。それでいいのよ。イバラちゃん。ニヤッ。」

 黒い妖精ヘルは、黒花の変貌の原因を知っているみたいだった。


 回想。

「私は、また家族を守れなかった。私はダメな子なんだ。私は生きる価値が無いんだわ。」

 黒い犬ハウンドという、家族を失った黒花は、暗黒の中にいた。

「イバラちゃん!? 大丈夫!?」

 心配する黒い妖精ヘルの声も届かない。

「こうなったら仕方がない。死者の国を支配する女王の力を見せつけてあげようじゃないか! オッホッホー!」

 ヘルは印を結び魔法ならぬ忍術を唱える。

「忍法! 死遁の術! 死者の魂操り!」

 ヘルは、ヘルハイムから死者を呼び出す。


「私はダメな女の子。何をやってもダメ。家族を守ることすらできない。」

 黒花は、いじけまくっていた。

「オドロ。」

「オドロちゃん。」

 その時、黒花を本名で呼ぶ声が聞こえる。

「オドロ? どうして私の本当の名前を知っているの? 誰?」

 黒花は、声のする方へ振り向く。

「ああー!? お父さん!? お母さん!?」

 なんと現れたのは、黒花を守るために、鬼と妖怪と鬼神たちに殺された、本当の

黒花の両親だった。

「オドロ、元気だったかい?」

「オドロちゃん、会いたかったわ。」

「お父さん!? お母さん!? 私も会いたかったよ!?」

 黒花は、突然の亡くなった両親との再会に涙が流れる。

「オドロ、おまえはどうして泣いているんだ?」

「私は、お父さんとお母さんを守れなかった。だから、私は、私なんかの新しく家族になってくれたヘルとハウンドは絶対に守ると決めたの!? それなのに私は、ハウンドを守れなかった!? 私は、私は、また家族を失ったんだ!? 私は、また家族を守れなかった!? ウエ~ン!!!」

 黒花の目から家族を失った悲しみと、家族を守れなかった自分への不甲斐なさから大粒の涙が零れる。

「オドロちゃん、オドロちゃんは本当に優しい子ね。」

「お母さん!」

 黒花は、子供が母親に甘えるように、幽霊とはいえ母親に抱き着いて泣きじゃくった。

「オドロ。おまえには、まだ家族が残されているじゃないか。」

「お父さん。」

「そうよ。ヘルさんのために戦いなさい。オドロ、家族を守るのよ。」

「お母さん。」

 黒花には、黒い妖精という家族が残っていた。

「そうだ! 私には、まだ、ヘルがいる! 私はヘルのために頑張らなくっちゃ! 今度こそ、私の家族を守るんだ!」

 黒花は、無気力状態から抜け出した。

「お父さん! お母さん! ありがとう!」

「オドロ!」

「生きてね! オドロちゃん!」

 去って行った黒花は、亡き両親の言葉で元気を取り戻した。

「よくやったわ。あんたたち。死者の魂を操るなんて、この私には簡単なことだわ。オッホッホー!」

「ヘル様!? どうか!? オドロを!? 娘を殺さないでください!?」

「お願いです!? 私たちはどうなっても構いませんから!? オドロだけには手を出さないでください!?」

「分かってるわよ。イバラちゃんは、私の大切な家族なんだから。オッホッホー!」

 黒花は、亡き両親が娘の自分を人質に黒い妖精こと死者の国を支配する魔女に脅されていることを。

 回想、終わり。


「これが最強の妖怪? たわいもない。」

 回想中に、黒花と玉藻前が戦い、黒花が圧勝した。


回想。

「こんな小娘、一撃で葬り去ってやろうじゃないか。」

 玉藻前は、黒花を見て、余裕で勝てる自信があった。

「ストップ! 化け狐!」

「誰が化け狐だ!?」

「これを見ろ!」

「坊や!?」

「おまえがイバラちゃんに少しでも抵抗しようものなら、おまえの息子の命はないぞ! 息子を助けたければ、イバラちゃんにやられなさい!」

 黒い妖精は、玉藻前の息子を人質に取って、攻撃できないように脅迫したのである。

「卑怯者!?」

「なんとでも言え。私には誉め言葉だ。」

「おまえ、黒い妖精なんかじゃないね?」

「死ぬ前に教えておいてやろう。私の正体は、死の国を支配する女王! ヘル様だ! オッホッホー!」

 こうして玉藻前は、黒花に抵抗しないでボッコボッコにされたのであった。

 回想、終わる。


「さあ! イバラちゃん! 化け狐にとどめを刺すのよ!」

「そうね。お父さんとお母さんの仇! 死ね!」

 黒花は、二本の刀で玉藻前をミンチにするつもりだ。

「ダメコンー!!!」

 その時、子妖狐のコンコンが黒花と母親である玉藻前の間に体を張って割り込む。

「そこをどけ。おまえに用はない。殺すぞ。」

「嫌だコン! お母さんは僕が守るんだコン!」

 振るえる手足や全身のコンコンは、死を覚悟して、命がけである。

「お、お母さん!? ま、守る!?」

 黒花は、コンコンの言葉に明らかに動揺して動きを止める。

「どうしたの!? イバラちゃん!? あなたのお父さんとお母さんの仇なのよ!?」

黒い妖精は、黒花を急かす。

「お母さんを殺すなら、僕も殺せ! 愛する家族のいない世界で、一人だけ生き残っても仕方がないコン!」

「い、生き残った!? わ、私は家族が死んだのに生き残った!? 私だけ生き残った!? 愛する家族は死んだのに!? お父さん!? お母さんはどこ!? ああ~!? 頭が痛い!? なんだ!? この苦しみは!?」

 コンコンの家族愛の言葉に、また黒花の精神が壊れていく。

「イバラちゃん!? どこへ行くのよ!?」

 黒花は、止めを刺さずにに妖狐の親子の前から去って行こうとする。

「家族のいる者は、殺さない。」

 そう言うと黒花は足早に去って行った。

「なら、私が殺してあげるわ。オッホッホー!」

 ヘルがコンコンを殺そうとする。

「コン!?」

 一難去って、また一難。コンコンは、ヘルに狙われる。

「やめなさい。ヘル。じゃないと私があなたを殺すわよ。」

 黒花がヘルに家族を守ろうとする者に対する攻撃を止めるように言う。

「え!?」

 黒花の目が本気だったので、恐怖を感じたヘルは攻撃を止める。

「待ってよ~!? イバラちゃん!?」

 黒い妖精は、黒花の後を追う。

(クーッ!? 私の奴隷人形の分際で!? まあ、いいわ。それにしても、まだまだ洗脳が足らないようね。イバラちゃん。)

 黒い妖精は、どんどん黒花を死の国の戦士へと染め上げていく。

「た・・・助かったコン・・・お母さんを・・・守ることができて・・・良かったコン。」

 コンコンは、死から解放された脱力から気絶して、母親の側で眠りについてしまった。

 つづく。

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