第6話
あれから一ヶ月が経った。今でもあのときのことは忘れない。
あの後、気づけば私は買い物をした商店街の前に立っていて、辺りはすっかり暗くなっていた。買い物袋の中では開封済みのアイスが二つ、ビニール袋に捨てられていた。夢ではなかったのだ。あのときあの瞬間、たしかに世界は交わっていた。
美里のもとへ帰ると、彼女はびしょ濡れでしかも泣き腫らした顔の私を見て、抱きついてきた。風邪が悪化するよ、となだめて座らせて、起きたことを話すと、うっすら涙を浮かべながら引き出しから一対の指輪を出した。それは、私と紫苑くんの婚約指輪だった。話を聞くと、病院で彼の死を知った私は錯乱した挙句、記憶を失った。彼と私の家族は、協力して私が取り乱さないように彼のきっかけになりそうなものを私から遠ざけた。それでも、もし思い出したなら一度私に見せる算段であったらしい。
みんなが身勝手な私のために世話を焼いてくれていたのだ。妹にも感謝しなければならない。
それから私は、もう一度あのバス停へ向かった。しかし、一度も辿り着けなかった。都市伝説の類かと思い調べてみると、雨の降る逢魔時に現れるらしいとのことだった。
逢魔時。昼と夜の狭間、この世のものではないものが現れる時間。世界が交差し、本来会うはずのないものたちが逢う。『逢間』は狭間で逢う意味があるのだろう。運命か、はたまた偶然のいたずらか。とにかく、私たちは逢うことができたのだ。
そして今、私は彼のお墓の前にいた。お墓の前には昨日の雨でできた小さな水たまりがあった。一瞬、水たまりの中に彼の姿が、微笑む彼が見えたような気がした。するとどこから水滴が落ちてきて水たまりに波紋が広がり、彼の姿は掻き消えて自分の姿が映る。
頬を伝う涙を拭き、彼の墓石と向き合う。そして彼の名前と同じ、紫苑の花を添えた。手を合わせ目を瞑り、彼に祈る。
あれ以来、孤独に打ちひしがれることがなくなったの。多分、記憶を失ってもどこかであなたを求めてた。幸せだったときを想ってた。だからこそ、もう一度会えてあなたの死んでしまった後悔を聞いたり、約束をしたりできてとても嬉しかったの。私ね、あなたのこと忘れられないみたい。でも、約束したもの。前を向いて生きるって。あなたとの最後の約束。最後に、さよならじゃなくて、元気でって言えて良かった。そうだ。最近ね、妹がよく遊びに来るの。私もたまに遊びに行く。あの子急に大人びちゃって、また寂しくなっちゃうかも。……冗談。安心して、とても充実してる。あなたのお母さんともたまに話をしてる。紫苑くんの小さい頃の話とかね。……それじゃあ、私行くね。名前通りちゃんと見守っててね。そして、いつかまた、大好きなあなたに逢えますように。
私はゆっくりと目を開けて立ち上がった。
涼しげな風が吹いて、上を見上げる。
空は雲一つなく綺麗に晴れ渡っていた。
逢魔時、雨 菅原 龍飛 @ryuta130
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