第3話


「トサキさん、そういえばさっき何か悩んでるみたいでしたけど相談乗りましょうか?ほら、知らない人の方がむしろ話しやすかったりしますし」


 アイスを食べる手を止め、買い物袋を挟んで隣にいる彼に聞いてみた。彼は目を何度も瞬かせ、気まずそうな顔を浮かべた。それを見て私はなんとも居た堪れない気持ちになった。悪い癖が出た。


「……ごめんなさい。なんか私、昔っからそういうのに首突っ込んじゃう質で。言いたくなんかないですよね、気にしないでください」


「世話焼きですよね、藍田さんは」


「え?」


「もちろん良い意味で」彼はアイスを持ち上げて見せた。「こうやってアイスをくれたり、相談に乗ってくれようとしたり。優しい人だ」


「いえ、そんな……。私なんかただのお節介な人間ですよ」


「いいじゃないですか、お節介でも。それで救われる人もいるんだから。妹さんも助かってるでしょう」


「そう、ですか?」


 褒められたのかよくわからなかったが、何か引っかかるものがあった。しかし、そんなことはどうだってよかった。彼が悩みを打ち明けてくれたのだ。


「聞いたんだから後悔しないでくださいよ?大切な人を失ったんです。事故にあったとき、庇って死んでしまって……。もう会えないんだ、なんて思うと辛くなって。ずっと後悔してたんです。あのときあの道を通ろうなんて言わなければ、あのときまでにもっと一緒の時を過ごせたならば……どれほど、良かったか。……でも、決めたんです。振り返らないって。こうやって悲しんでいるのも相手に悪いなって思うんです。相手が悲しむようなことはしたくないんです。だからこそ、前を向こうって。それでも、もっと話したかったなって思ったりもして。それで今に至ってるわけです」


 彼は俯きながらも、声を震わせながらも話し切った。指輪のない薬指をさすっていた。


「そう、だったんですね。辛いことを話させてしまって申し訳ないです」


「言ったじゃないですか。お節介で救われる人もいるんです。話せてよかったですよ。一人で抱え込むよりはるかにいい」


「そう言っていただけるとこっちもありがたいです。……きっと、相手の方も前を向いてほしいって思ってると思いますよ。私が相手の人だったら大切な人には悲しんで欲しくないかな。まあ、私に置き換えるのがまず間違ってるんですけどね。……ごめんなさい、自分から言っておいて何も言えなくて」


 私は頭を下げた。無力さゆえの申し訳無い気持ちに耐えきれなかった。


「……いえ、そういうことを言っていいただいてとても心が救われますよ。それに、相談に乗ってくれるって言ってくれた優しさだけでも十分なくらいです。やっぱり優しい人だ」


 私は頭をあげた。彼の顔を見ると、涙が伝っていた。


「……なんか、私まで助けられちゃいましたね。トサキさんはすごいです」


「いやいや、そんなことは。ってなんか褒め合いや慰め合いになっちゃいそうですね。アイス、食べ切っちゃいましょう」


 彼は顔をシャツの襟で拭って、再びアイスを食べ始めた。


「うん、美味しい」彼は頷きそう言った。


 私たちは最後まで丁寧に掬い取り、アイスを完食した。


「ごちそうさまでした」


 空になったカップを袋に捨て、私たちは雨を眺めた。


「止まないですね。強い雨のままで」


「篠突く雨、って感じですね」


「篠突く?」


「音を立てるように激しい雨ってことです」


「へぇ〜!物知りですね」


「いえいえ、こんなの常識のうちですよ」


「私が常識知らずみたい」


「あ、そういうつもりは……」


「分かってます」


「……」


「どうしました?」


「藍田さんやっぱり面白い人だなって」


「馬鹿にしてます?」


「してないです」



「ほんとですか?」


「ほんとです」


「ほんとにほんと?」


「ほんとにほんと」


「ふ〜ん」


「そういうところですよ。面白いところ」


「やっぱり馬鹿にしてる!」


「してないよ」


「……あ、初めてタメ口になりましたね」


「つ、つい……」


「良いんじゃないんですか?そっちの方が親近感湧きますし。そういえばトサキさんって何歳なんですか?」


「24です」


「私と一緒だ。じゃあなおさら敬語でなくても良いんですよ?トサキさんが良ければ」


「僕は別に良いですけど」


「そう言いつつ敬語なんですね」


「そっちこそ」


「……ふふ」


「……ふ、ふふふ」


 なんだかおかしくなって思いっきり笑った。二人で笑いあった。久しぶりにこんなに笑ったんじゃないだろうか。誰かと笑いあえるというのはこんなにも気持ちのいいことなのか。


 それとも、


 トサキさんだから?


「……っつ……!」


 突如痛みに襲われ頭を抱えた。締め付けられるような、思わず叫びたくなるような甲高い痛み。なにもかんがえられず、し考がまとまらず、ぜん部の感じょうがいたみに支はいされるようなかんかく……なにかがながれ込んでくる……永えんにも感じられるほど、長い時かんつづいた。そうだ、トサキさんは、戸崎さんはどこ?


「藍田さん?藍田さん?大丈夫!?」


 痛みが引いていくとようやく外からの情報が入ってきた。目の前に心配そうな戸崎さんの顔があった。彼の顔を見てほっとした。彼は私の肩を優しく掴んで出来るだけ揺らさないように注意しながらも、私に声を掛けて心配してくれていた。


「……大丈夫。片頭痛かな」


 何とか返事をする。


「無理しないで。なにかあったら言って。出来ることはするから」


「あ、ありがとう。でも、そんな心配しなくても大丈夫。ほんとに。安心して」


「……わかった」


「ほら、座って?」


「うん」


 彼は元の位置に座った。急によそよそしくなった気がする。


 本当はまだ少し頭が痛む。でもこれ以上心配させたくなかった。気にするとまたひどくなりそうだ。何かに意識を向けよう。道路にできた川を見る。流れは右から左に向かっているように見えた。さっき見たよりも川幅が広がっている。どこかで見たことある気がする。目の前の道路に流れる川を……。


「藍田さん?」


 戸崎さんに呼ばれた気がした。


「はい?」


「ずっと道路眺めてましたけど、どうかしました?」


「え、私そんなに眺めてました?」


「二、三分くらいは」


「あ〜、時間飛びましたね」


「え?」


「たまにあるんですよ。思考の糸が切れた感覚。それを『時間が飛んだ』って言ってるんです」


「なるほど。何か思いを馳せてるんですかね」


「かもしれないですね。自分の知らないところで勝手に」


「素敵ですね」


「そうですか?私これそんな好きじゃないんですけど。自分が自分じゃないみたいで」


「自分の知らないところで思いを馳せる。無意識にやってるんだから素敵では?」


「面白いですね、それ。戸崎さんすごいですね。私が好きじゃないことを好きにしようとしてくれる。相性良かったりして」


「かもしれないですね」


 彼が目を細め微笑む。私も呼応して微笑む。


 ああ、この時間がずっと続けばいいのに。

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