曖昧な概念と秋空

「身の程をわきまえなさいよね」

 彼女はよくそう言った。身の程という言葉の意味すらよくわからない俺には、彼女のそのセリフがただ壁のように思えた。

 帰り道、俺は彼女をよく見かけた。朝は時間帯が違うのか全くその姿を見ることはないのに、帰りは必ずと言っていいほどよく見かける。

 彼女を見かけたとき、俺は声をかけることもあればかけないこともあった。

 向こうが気づいているときには声をかけ、気づいていなさそうなときには黙っている。

 気づかれていないようで気づかれていたときは、後でしっかりと文句を言われる。

「気づかない振りとはやるじゃない。挨拶ぐらいしなさいよね」

 そう言われても、あまり踏み込みすぎると「身の程」の話になるのでなかなか俺だって気をつかっているのだ。

 その日も帰り道で彼女を見かけた。空はだんだん秋めいて、夕方は少し冷え込む。長袖の彼女は歩きながら薄曇りの空をぼんやりと眺めていた。

 俺は声をかけずに歩いた。

 歩道の反対側、彼女はまだ空を見上げている。

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