彼女は秘密が好きだった

 内緒だよ、と彼女は人差し指を唇に当てて言った。

 付き合いの中のなんてことない秘密だった。二人の間でだけそれを共有するということは、宝物を胸の中にしまっているような気がして好きだと彼女は言っていた。

 組織の秘部。そんな話を彼女は好んで口にした。荒唐無稽の陰謀論、ただの妄想話だ。しかし、二人で話しているうちに、それは大きな物語となった。二人でいる時にだけ現れる作品世界。俺もそれが嫌いではなかった。

 秘密の作品世界を彼女は何よりも大切にしていた。だが、別れた今となってはもう、二人の間にあった世界も秘密もあっという間に色を無くしてしまった。初めからそこになかったかのように消えてしまった。話題に出すこともないので、世界についての記憶もゆっくりと薄れていく。

 作品世界には架空の登場人物が大勢いた。ほとんどが俺と彼女の妄想だけで作り出された人々だ。

 あのとき確かにいたはずの彼らはいったいどこへ行ってしまったのだろう。俺と彼女が忘れてしまえば、永遠に消えてしまうのだろうか。

 それはなんだか少し寂しいことのようにも思えた。

 ひょっとすると、俺はこうして書くことで彼らが消えるのを防いでいるのかもしれない。

 なんて。


 夏の昼下がりのことだった。

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