一人でコーヒー飲んでる話

「それ以外には何もないってことなのよ」

「え?」

 俺は聞き返した。彼女の言葉の意味を、一度では捉えかねたのだ。

「わからないなら、いい」

 彼女は俺に背を向けた。全てを拒絶するような背中にかける言葉など俺は持たず、遠ざかる彼女をただ見ていた。一年前の夏の日のことだった。


 セミの声がする。屋外のカフェテリアには俺の他、誰もいなかった。それはそうだろう。こんな暑い日にわさわざ外でコーヒーを飲もうだなんて誰が思うのか。

 彼女とよく来ていたのはこのカフェテリアだった。冬も春も彼女はこの場所がお気に入りで、会いたくなったときふらっと行くとだいたい彼女はここに座っていたのだった。

 彼女が別れを告げてから、ここで彼女を見かけることはなくなった。俺と会うのを避けているのか、それともこの場所に飽きてしまったのか、それはわからない。

 太陽がじりじりと照りつける。垂れてくる汗をハンカチで拭った。

 セミの合唱の中でも感じるのは夏の昼間の静けさだ。そんな話を彼女にしたこともあったっけか。気分屋の彼女は俺の話を笑って聞くこともあれば、上の空で流すときもあった。

 恋人、というのは少し違ったのだろうか。付き合うという契約のような手順を一度は踏んだはずだったのだが。

 俺はコーヒーを一口飲んだ。

 彼女はブラックが好きだった。妙に格好をつけたがるところがあったから、ひょっとすると、好きというのも形だけだったのかもしれない。

 とにかく俺には彼女について断定できることがあまりない。別れを告げたことが彼女からだったということだけが、確定して言えることだ。

 セミは相変わらず鳴き続ける。

 氷を口に含もうと、コップを傾ける。

 アイスだったはずのコーヒーは、既にぬるくなってしまっていた。

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