覗き込む雨

 黒い粘体はそこにあった。

 黒い粘体はもうしばらく前から球形をとってその場に浮いていた。

 広がる床以外には何もない空間に粘体はいた。

 暗い空を写した床は仄かに光を発してはいるがやはり暗く、粘体自身もまた黒い。

 粘体の表面には時折、さざ波が走る。波はすぐ終わることもあれば、長く続くこともあった。

 粘体は長時間、球形のまま浮いていた。波がいくつも表面を走った。粘体は動かなかった。

 幾度目かのさざ波のあと、暗かった空に稲妻が走り、激しい雨が降り出した。雨に打たれた粘体の表面には大きな波がたった。

 ひときわ大きい雷が鳴ったとき、粘体はべちゃ、と床に落ちた。

 丸かった形は落ちたとたんに崩れ、床に広がってゆく。

 粘体はそのまま雨の中で小さく震えていた。

 ずっとずっと震えていた。


 雨がやむ気配はまだない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る