6-4 現状把握と記憶の整理

 俺は周りを見渡し、人間を探す。

 そしてこの中で一番まともな顔も体もちゃんと人間の姿をしている男を見つけ、助けをすがる思いでそいつにむかって駆け出した。

 と思ったら、俺は一足で100メートルは離れているであろうその男の目の前に着地していた。


「先程も思ったがなんという跳躍力……」

「さすがだ」

「何度見ても惚れ惚れとする……」


 周りの魔族が何やらごちゃごちゃ言っているが、俺からしてみたら雑魚らしい。 

 気にしている暇はない。

 俺は男に顔を近づけて声をかける。


「おい、聞いていいか?」

「ひゃっ,はい!なんでしょう!?」


 声をかけられた男は恐怖のあまり声が裏返っていたが、すぐに持ち直し返事をする。

 それだけでも大したものだと思う。もし前の俺が同じ状況になったとすれば、こんな得体のしれない、しかもさっき殺害事件を起こしているものに近寄られたら、余裕で気絶くらいはする自信がある。ひどければ失禁だ。


 まあ今は目の前の男の下半身を気にしている余裕はない。自分のことで精いっぱいだ。

 だから男にそのまま思ったことを尋ねる。


「これはなんの任務の途中だ?」

「……はい?」

「おかしなことを聞いているのは分かっている、寝ぼけているとでも思って教えてくれ」


「アモン様が寝ぼけているなんてとんでもない! 我々の任務は我が国の敵対となる危険性のある組織の殲滅であります。なおこの任務は極秘任務により、魔族軍にでのみ結成されております!」


 なるほど……アモンにとってはなんてことのない任務だから、ろくすっぽ任務の内容を聞かずここまで来たってところか……。

 しかし俺の持っている記憶では所属している国「ニブル」は確か魔族と人間の共存を認めていないはずだ。むしろ人間は魔族を食い物にしているし、魔族はそれゆえ人間を嫌っている。

 でも王国の上層部自体は魔族とずぶずぶの関係ってことだ。

 それを市民にも浸透させればいいのに。


 しかしアモンの任務に関する記憶はすべてあやふやだ。任務をした記憶はあるが任務の内容は何一つ覚えていない。

 アモンにとっては任務自体はすべてどうでもよいことだったのかもしれない。

 大事なのは任務内容ではなく、任務を通して行った戦闘。

 とんだ戦闘狂だったのかもしれない。


 目の前の人間兵士はいまだおびえたまま俺を見つめている。

 しまった。思考を持っていかれすぎて、こいつのことを忘れていた。


「助かった。ありがとう」


 う~ん、こんだけおびえているからねぎらいだけでは足りないか……。


「お前、役職は?」

「は! 一般兵であります! 今回は記録係として一緒についていっている所存であります!」

「分かった、俺の口からその働きを評価するよう王に言付けしておこう」

「は!? ありがとうございます!」


 兵士は突然大声を上げると驚きに満ちた表情をのぞかせる。


「だから俺が訪ねたことは他言無用で頼む」


 俺の言葉に兵士はひたすら無言でうなずく。

 いや今口を両手で覆っても、そのあと話したりすれば意味ないけどな。

 

 アモンの記憶によれば俺はだいぶ王と近しい関係にある。

 俺が王に目の前の男のことを良く言えば、この男の階級は最低二階級は上がるだろう。

 伝え方によっては三階級くらい跳ね上がるかもしれないな。

 まあ……そこまでしてやる義理はないか。


 俺は軽く駆けると、元いた場所に戻る。

 今度は力のセーブがうまくできた。止まるときに地面が軽くえぐれたが、まあそれは許容範囲だろう。

 アモンはよくこの力を制御できていたな……。


 俺はその場に座ると、頭の中の情報と現在の俺の状況を整理することにする。

 俺はコンビニで死んだ。それは間違いない。そして神の言葉を断って光に飛び込んだ後に意識が覚醒し、この何もない荒野にアモンとして立っていた。

 しかもアモンは突如この世界に降り立った存在ではなく、俺が転生する前にすでに存在していた……。


 つまり、この体には元々の持ち主が存在していたわけだ。 

 正真正銘のアモンがこの世界で生活をしていたことは頭にぶち込まれた記憶が証明している。

 持ち主という言い方もおかしいが本来のアモンはどこにいったのか……。


 俺は記憶をたどっているうちに、もう一つの事実を発見する。

 アモンの記憶の一部が欠落している……。

 どれだけ記憶をたどっても一定部分の古い記憶だけ思い返すことができない。


 原因は恐らく俺の頭に記憶を詰め込まれているときに、とんでも野郎に向かって技を行使したからだ。


 覚えてないとまずい記憶が抜けてなければいいのだが……。

 少なくとも俺自身の記憶はすべて覚えているままのようだ。


 整理して改めて理解できたことは、俺の頭に今二つの記憶がある。


 一つは羅生学としての記憶。

 もう一つは俺がアモンになる前のアモンの記憶。


 本来のアモンはどこにいったのか不明だが体はここにあるわけだし、分からないことをうだうだ言っても仕方がない。今は後回しだ。

 もう少しこの異世界ユグドラについて知らなければならない。


 このアモンというのはこの世界になんの興味もないのかユグドラについての情報がほとんどない。

 この世界どころか自分が生活拠点としていたニブルについてすら詳しいことは何も記憶していない始末だからな。

 どれだけアモンはこの世界に興味がなかったんだ……。


 ただし今は目の前のこの現状を何とかする必要があるか……。

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