6-2 初めてのお酒

 リリスは若干緊張した面持ちでテーブルクロスを握り締めながら、カウンター席に腰かける。


「まあそんな緊張しなくていい。気楽に待っていろ」

「す、すいません。初めてって緊張しますよね……」


 勘違いしないように訂正しておくが、初めてカクテルを飲む女性とそれをふるまうマスターの会話だ。何と勘違いしないようにかはあえて何も言わないが。


 しかしリリスにふるまうカクテルか……。

 そうだな、見た目的にも楽しめるホーセズネックでも作るか。


 俺はロンググラスを取り出すと、その中に蒸留酒を注ぐ。

 そしてその中にジンジャーエールを適量追加でそそいでやる。


 うちの店ではジンジャーエールそのものが好んで飲まれている状態だが、ジンジャーエールはカクテルの材料としても実によく使える。

 こういうのもみんな頼んでくれてもいいんだけどなあ。


 ふとリリスの方を見ると、若干目に光が戻っているような気がした。顔色もましになっているな。

 見慣れたジンジャーエールが入っていることが分かったから少し安心したのかもしれない。

 うんこれを選んだのは正解だな。


 俺は軽くうなずきながら、手元へと再び意識を集中させる。

 ここはセンスが問われるからな……。

 俺はムモンを一個取り出すと、その皮をらせん状に剥いていく。


「うわあきれいですね!」


 うん我ながらうまくいったと思う。

 俺はまるまるムモン一個分の皮をらせん状にすると、それをカクテルを注いでいたグラスの中に、飲料がこぼれないように入れていく。


「すごいですね……、こんな飲み物もあるんだ……」


 ホーセズネックは見た目は楽しそうだが、グラスに入っている皮は本来馬の首に見立てているという何とも楽しくない理由なのだが、それをあえてリリスに伝える必要はないだろう。


「ホーセズネックだ、度数はちょっと高めだが……」


 俺は澄んだ茶色い液体の中にらせん階段を閉じ込めたようにグラスの中で巡るムモンの皮。

 それをリリスの前に差し出す。


 リリスは実際の完成したカクテルを見てまた緊張してしまったのか、体を強張らせながらグラスを手に取った。

 グラスを持った手は小刻みに震えていた。


「そ、そんなに怖いものか?」

「いえ、こ、これは武者震いです!」


 何俺が作ったカクテルとバトルでも開始するのか?

 そんな身構えなくても、飲んでしまえば勝負には勝てるぞ?


「い、行きます!!」

「待った!」

「え!?」


 なんかそこまで身構えられるとこっちも緊張してしまう。

 念のため味見しとくか。

 俺はリリスがまさに口をつけようとしていたグラスを受け取ると、一口それを口に含む。

 ……うん、やっぱり普通にうまいよな……。

 他の客がぶっ倒れる原因がどうしても俺には分からない。


「大丈夫そうだ」


 不安そうな表情でこちらを見つめてくるリリスに再びグラスを渡す。


「じゃ、じゃあ飲みますね」


 俺が普通に飲んでいる姿を見て少し安心したのか、グラスを握る手の震えは止まっている。


「い、いただきます」

「どうぞ」


 俺が声をかけた瞬間、リリスはグラスに口をつけ、そして一気にグラスを傾け中身を一気に飲み干した。


「おい! ばか!」


 度数は低くないんだからそんなに一気飲みしたら!


「きゅ~……」


 リリスは体全体をぐらぐらと揺らしたかと思うと、そのまま目を回しグラスを持ったまま後ろに倒れた。


「言わんこっちゃない……」


 顔を真っ赤にして完全に目を回しながら倒れているリリスを見て、思わず頭に手を当てため息をつく。


「とりあえず……運ぶか」


 俺はリリスをお姫様抱っこの要領で持ち上げると、二階のリリスの部屋へと運ぶ。

 リリスの部屋といっても部屋の内装は俺の部屋と何一つ変わらない。

 布団と手作り感満載のテーブルが置かれているだけ。

 もっと贅沢させてやりたいが、今はまだまだ厳しいな。酒を仕入れるだけで精いっぱいだ。


 リリスを布団に寝かせてから目を覚ますまで2時間ほどかかった。


「あ、マスタ~?」


 アルコール中毒にはなってないみたいだな。

 まあまだ顔は赤いし酔っぱらってるみたいだけど。


「大丈夫か? 初めてなのにあんな一気飲みするなよ。こっちが心配になる」

「心配してくれたんですか?」

「当たり前だろ」


 自分が作った酒が原因でリリスが死んだなんて夢見が悪すぎるし、笑えない。

 たぶん一生カクテルを作れなくなる。


「えへへ、アモンさん……」

「どうした?」

「私今夢を見ていたんです~」


 また突拍子もないことを……。


「そうなのか」

「真っ暗な場所でずっと一人でいて、ずっとずっとさみしかったんです。でも突然目の前に光がさして……そこに手を伸ばしたら、アモンさんが手を取ってくれて……えへへ」


 何を言い出すかと思ったら……それに言いながら照れるんじゃない。

 俺までなんでか恥ずかしくなってくるだろうが。


「アモンさんは……どうしてあの家にたどり着いたんですか? どんな人生を歩んできたんですか?」

「どうした突然」

「アモンさんのこともっと知りたくなったんです。いろんなこと知ってもっと優秀な助手になりたいなって……」

 

 リリスは酒に酔うと思っていることをそのまま口に出すタイプか。

 ……俺の過去か。リリスになら話してもいいかもしれないな。

 俺が転生してから『アモン』として生きることを決めたあの日のことを。


「特別に話してやるよ」

「やった~」


 リリスはそういいながらも半分寝てしまいそうになっている。

 まあ子守唄替わりにはなるか? いやあまりにも血なまぐさい内容だからそれはないか。

 俺は眠そうなリリスの顔を見ながら転生直後の記憶を思い返した。

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