第6章 アモンの過去

6-1 閉店後の一幕

「相変わらず旨かった、 またくるよ!」

「ありがとうございました!」

「あ、マスターの昔話もいつかは聞かせてくれよ?」


 本日最後の客が出ていく。リリスはそれを見送ると、俺のもとに走ってきた。


「まったくジンジャーエール一杯でいつまで居座るつもりだよ……」

「まあまあ来てくれるだけでもいいんじゃないでしょうか」

「リリスは心が澄んでるな」

 さっきまでいた客はよっぽど俺の過去が気になるのかやたらと食い下がってきた。

 まあ答えるつもりはなかったから、無言でスルーを突き通していたけど。

 そうしたら昔話の対象がリリスに移り、リリスは俺と出会ってからの話を客と話していた。

 まあ相も変わらず注文される商品はカクテルではなく、ジンジャーエールのみ。

 ここまでくると吹っ切れるというかあきらめの境地にならざるをえない。


 既に客は誰ひとりいないバーで俺は思わずカウンターに両手をつき深くため息をこぼす。

「マスター、大丈夫ですか?」

「ああ大丈夫さ、ジンジャーエールは売れるから生計は立てられるもんな……」


 大丈夫、落ち込んでいない。カクテルが飲まれないのなら、もっとうまいものを作ればいいのだ。方法なんてそれしかない。


「ここに来た客カクテルなしじゃ生きられない体にしてやる……フフフフ」

「アモンさん、怖いですよ……」


 リリスは苦笑いを浮かべながらテーブルのグラスを一個ずつ洗い場に出している。


「でもリリス、実際みんながカクテルにはまれば経営ももっとうまくいくわけだし、客は気持ちよくなれておいしいものが飲める。winwinの関係だろ?」

「でもアモンさんなら魔法とかで洗脳とか執着効果とかつけれそうですけど……」


 俺はリリスの一言に思わずずっこける。


「リリス、それじゃ意味ないだろ? こっちは味で勝負したいんだよ。それにそんなことしたら普通に犯罪だろ?」

「いやありますよ?」

「あるの!?」


 そんなちょっと吸っちゃだめなお薬が入ってそうな食べ物を提供している店があるの?


「いや洗脳とか執着とか付与されている食べ物はほんと僅かですけど! 筋力増加とかそういった戦闘面で役立つ効果が付与されたお弁当とかならお店に売ってますよ」


 要するに魔法付与されたドーピング剤のような食べ物は普通に販売されてるってことか。それで洗脳効果が付与された食べ物は販売されてないだけで、やろうと思えばできると……。

 しかもわずかながらそう言った商品も売られていると……。


「でもやっぱり……そういうことじゃないんだよなあ」

「ということはジンジャーエールにはそういうたぐいの魔法はかけられてなかったんですね」

「え、なに、リリス俺がジンジャーエールにそういう魔法を付与していると思ってたの?」


 そんなこと思われてたと知った日には三日三晩リリスと顔合わせできなくなるくらいは落ち込むかもしれない。


「いえ! そんなことはまったくおもってないですよ! 実際ジンジャーエールはすごいおいしいわけですし。それにマスターが魔法付与するならジンジャーエールじゃなくてカクテルにするだろうなと思いますし」


 リリスはテーブルを拭く手を止めて必死で否定する。

 確かにおっしゃる通りそういう発想になっていたら、魔法付与をカクテルに……いややらないけどね?


「まあ俺はそういう卑怯な手を使ってカクテルを広めようとは思わん」

「そうですよね」


 そこでいったん会話が途切れ、リリスと俺は再び店内の片づけを進める。


 どうやったらカクテルをもっと認知してもらえて、他の人に飲んでもらえるのか。

 リリスならいい案があるかもしれないが、また魔法とか言われても困るしな……。


 そういえばこの間リリスはま俺のカクテルを飲んだことがないって言ってたな。


「リリス酒は飲んだことあるのか?」

「へ!? いやないです」


 酒も未体験なのか。まあこの小屋の中に酒が転がっているとも思えないし、町の外に出ている勇者や魔族が酒を持ち歩いていて、それを頂戴するなんて機会そうそうないか。

 これはいい機会かもしれないな。


「飲んでみるか?」

「か、カクテルですか?」


 元々肌白いリリスの顔がさらに蒼白になり青白くなっているのが見て取れた。

 いやそんな殺人的な毒薬を飲まそうなんて言ってないんだからさ……。

 まあカクテル飲んだ奴が全員倒れているなんて光景を見たことしかないから、不安にもなるか。


「人生は経験だぞ?」

「た、確かに店員である私がカクテルを飲んだことがないというのはまずいかもしれませんね……」

「じゃあ作ってやるよ」

「あ、ありがとうございます」 

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