5-10 昼のお客様・夜のお客様

「そういうことだ、リリス」

「へ?なにがですか?」


 狐頭が帰ってから店内の片づけをしながら、リリスに今後の方針について話していたのだが……。

 リリスはきょとんとした表情で、割れたグラスと窓ガラスの破片を抱えたまま俺の方を見つめてくる。


「へ?ってもしかして今の聞いてなかったのか?」

「すいません! このガラス片を集めるのに必死で!」


 そういえば最近優秀な接客をするもんだからすっかり忘れていたが、リリスは一つ何かをしていたら周りは全く見えなくなってしまうんだった。


「はあ。まあいいか。リリス、その破片をこっちにおいて適当に座ってくれるか?」

「は、はい!」


 リリスは焦ったのか、駆け寄りながらカウンターに近寄ってくる。

 そしてカウンターにたどり着く直前で、手前の椅子に盛大に躓く。

 ガラス破片が宙に舞い、カウンターテーブルに盛大にぶちまけた直後、そのテーブルに思い切り顔を突っ込ませていくリリス。

 俺はリリスがテーブルにダイブする直前に彼女の隣に移動し、体を支えて大惨事は何とか阻止した。


「おいおい! 勘弁してくれよ……」

「ごめんなさい!」


 勇者が喧嘩をどすを効かせながら喧嘩を売ってきても、勇者と魔族が周りの物を壊しまくるレベルの喧嘩をし始めても、たいていのことでは驚かなくなった。

 でもリリスの行動には毎回驚かされるし、肝を冷やす。


「まったく……落ち着いてこっちに来て座ってくれ」

「すいません、ありがとうございます」


 俺は彼女を支えていた手をどけると、カウンター内に移動する。

 リリスはカウンターテーブルの椅子に少ししょぼんとした様子で腰かけた。


「大丈夫か? ちゃんと破片がないところに座れよ?」

「大丈夫です。それより……この割れた窓とグラスどうしましょう」


「窓ガラスはまあ魔法でなんとかなるだろうし……グラスは割れるなんて日常茶飯事だろ」


 魔族も勇者も酒を飲んでいるわけでもなく、ジンジャーエールしか飲まないくせに、テンションが上がると机の上にグラスを叩き付け大量に割っていく。

 まあ弁償代金は素直に払ってくれてるうちは、とやかく言うつもりはない。


「あ、それで話ってなんですか?」

「ほんとに聞いてなかったんだな……。バーを昼と夜で分けてしまおうかと考えているんだ」

「昼と夜に分ける?」


「昼は5の刻から7の刻まで、夜は9の刻から11刻までやろうと考えている」

「どうしてですか?あ、もしかして私ですか!? 私は大丈夫ですよ!?」

「まあそれも一理あるんだか……もう一つ理由があってだな」


「もう一つ?」

「昼を勇者専用、夜は魔族専用にしようと考えている。今日みたいなことが頻繁に起きたら、さすがにたまらんからな。リリスが望むなら昼は俺一人でやってもいい」


「私は大丈夫です! お昼も働きます!」

「いいのか? お前は魔族の中で狩りやすいレアという位置付けだぞ? 手出しをさせるつもりはもちろんないが、完全に危険がないというわけでもない」

「大丈夫です!接客します!」


 リリスはすっと立ち上がると、力のこもった視線で俺を見てくる。

 う~ん、本当はいやといっても昼は俺一人でやろうかと思っていたんだが、まさかここまで強く言われるとは……。


「もしかして俺の接客信用されてない?」

「そんなことないです! 私がもっとお役にたちたいんです!」

「そ、そうかわかった。それなら昼も頼むぞ」

「はい!」


 全くこういう風にリリスに強気で来られるとどうしても折れてしまうというか、純粋な目に弱いよなあ、俺。

 

「えっと、今日のような騒動を避けるためですよね? それはいいと思いますが、夜にこられた勇者の方の不満とかにならないですかね?」


「俺がこられたひとりひとりに受け答えするから特に問題にならないと思うし、永遠に続くわけじゃなくてこのシステムが浸透すれば夜に勇者も来なくなるだろう。まあ何かあったときはそのとき対処しよう」


「しす……? えっとわかりました!」


「じゃあ賛成ってことでいいか? 昼と夜に分けても」

「はい! アモンさんが決めたことですし、私は全然!」

「よし……話もまとまったところで、このガラス片次の客がくるまえに片付けるか」


 閉店まではもう少々時間がある。窓は割れて野ざらし状態だが、今日のところは勘弁してもらおう。


「はい! 私タオルをとってきます!」


 そういうとリリスは駆け足で奥の部屋へと向かう。


「ちょっと待て! そんなに急ぐな! 今その部屋にはペンキが」ガシャーン

「あー……」

 

 リリスが何を転がして、どうなったのか大体想像がつき、思わず頭を抱える。

 接客は上手なのにどうしてこうもドジっこなのだろうか。

 もしかして霊族のくせに呪われてるんじゃないだろうか。


 ため息をつき、俺も奥の部屋へいこうとしたとき、バーの扉が開く音がした。


「よーマスター……っておいおい、こりゃまたすごい散らかり具合だな」


 入ってきた魔族は苦笑いでカウンター一面にばらまかれたガラス破片を見る。


「申し訳ございません」


 さすがに無言というわけもいかず、俺は謝罪すると同時に深く頭を下げる。

 こうなると客がいる手前奥に引っ込むわけにもいかない。

 リリスがどうなっているか気になるところではあるが、カウンターに立つことにした。


「じゃあとりあえずジンジャーエールをたの「マスター……」


 魔族は店の奥から現れた黒い物体を見て、注文をやめ無表情のまま戦闘態勢に入るかのように身構えた。


「安心してください!うちのリリスです!」


 店の奥から現れたリリスは見事に黒いペンキを全身に塗りたくった状態で、ペンキ缶を頭にかぶっていた。

 前が見えないからかうめき声をあげながら、手を右往左往させているその姿は完全にテレビから出てくるあれだ。

 いったいどういう転び方したらそんな恐怖恰好になるんだよ……。


「……あー、なんだ霊族の嬢ちゃんか」


 魔族は戦闘態勢を解いたものの、席には座らなかった。

 まあこんな状況じゃ落ち着いて座るなんて発想にはならないか。


「マスター、どうしましょう~。なんでかさっきから前がなにも見えないんです~、これじゃ接客もできないです」

「…………」


「あー……なんだ、マスター、忙しそうだから今日は帰るよ」


 魔族は本日二度目の苦笑いを浮かべるとバーから出ていった。


「あれ? もしかしてお客さん? まさか帰っちゃったんですか?」

「…………」

「マ、マスター?」


「……リリスさん?」


 俺はあえてにこやかにリリスを呼ぶ。

 リリスは今俺の姿が見えていないはずなのになにかを感じとったのか、体を震わせながら正確に俺の方を向いた。


「な、なんでしょう?」


 目の前のリリスのあまりのおびえている姿にたまっていた怒りもどっかに消えていく。

 まあ……やってしまったもんはしょうがないか。それにこれくらいで怒ってたら永遠に怒り続けないといけない。

 俺は静かにため息を吐くと、いまだに彼女が被ったままでいるペンキ缶の上にタオルを3本置いてやる。


「それでふいとけ」


 リリスは自分の頭の上に何か置かれた感触を頼りに、缶の上に手を当てていた。

 その間にやっと自分がペンキ缶をかぶっていることに気づき、それを外し視界がひらけたことに大喜びしていた。


 なんで今まで気づかなかったのか……。

 俺ってホントにリリスに対して甘いよなあ……。

 俺は笑いながらそんなリリスを眺めながらふと思った。


 ただリリスがバタバタと歩き回った箇所がどんどん黒くなっている。

 これは……。


「今日は閉店だな……」


 なにはともあれ、次の日からバー「ジンジャー」は昼制と夜制の二回オープンするバーとなった。

 ちなみにリリスの歩き回った店内の黒ペンキ足跡はその後取れることがなかった……。

 やっぱり呪われてるよな。

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