5-9 勇者と魔族の共存

「マスター、リリスちゃんはちゃんと寝てるのかい?くまができてるみたいだけど?」


 リリスと意味のない激論を繰り返し夜更かしをした翌日の夜、狐頭の魔族がリリスをじっと見つめながら、そんなことを口走る。


 確かに客席を回りながら笑顔で会話しているリリスの目の下にははっきりとしたくまができていた。

 結局深夜まで口論は続き睡眠時間は二人とも少なかった。

 俺の人間の姿は所詮仮初の姿のため、見た目に変化はないがリリスは別だ。

 もともと恐ろしいほどに肌白いものだから如実に目の下に体調の変化が表れている。

 まあ俺もしゃべりつかれたのと睡眠不足で精神的に疲れてはいるけど。


「……ああ、一つ屋根の下に住んでるんだっけ?それは色々あるよね」

「それはないです」


 すぐに否定はしたが狐頭の魔族はにやにやと俺を見ながら、ジンジャーエールをあおっている。

 確かにリリスは美人の部類に入るのだろうが、俺からしたら美少女だ。好みではない。もっとこうお姉さま的な人がいいのだ。

 それにリリスは身内みたいなものだしな。欲情することなんかない。


 そこまで考えて、ふと昨晩のリリスの下着姿が頭の中に浮かび上がる。

 軽く頭を振ってそれを無理やり記憶の隅に追いやる。

 ない、欲情することは、断じて、ない。


「まあいいや、ジンジャーエールおかわりね」

「承知」


 俺は心を無心にしようとしながら狐頭が差し出してきたグラスにジンジャーエールを注ぐ。


「マスター、やってるか?」


 明るい声をあげながら店に入ってきたのは、剣を背中に抱えた勇者だった。


「テーブルでよろしいですか?」


「あ? いやそこに座るよ。マスター、ジンジャーエール」

「承知」


 リリスの対応を邪険に扱いながら、狐頭とは少し離れたカウンター席に腰かける勇者。

 夜に一人で勇者のお客が来るのは珍しい。それにすごく嫌な予感がする。

 店のなかに魔族しかいなかった店内は突然の勇者の登場に一瞬静まりかえる。


「ああ、気にしないでくれ、何もしないよ。今日はもう疲れた」


 その異様な空気を感じたのか勇者は一瞬店内を見渡すと、口角をあげながら手をひらひらと振って自分に向けられている視線をかわそうとした。


 そんな勇者と周りに警戒しつつジンジャーエールを勇者の目の前に置く。

 それと同時に奥のテーブル席に座っていたドワーフの集団が一斉に席を立った。


「マスター、悪いけど勘定にしてくれるか」


 ドワーフは銅貨をテーブルの上に置くとそそくさと店から出ていった。

 店のすぐ外から聞こえてきたのは案の定勇者に対する罵詈雑言だった。


 愚痴ならもうちょっと離れてから言えって……。


「なにもしないっていってるのに」


 勇者は気にする様子もなく、口角をあげながらジンジャーエールをちびちびと飲み始める。


「魔族の血を浴びて稼いでるやつと、一緒に飲めるかよ」


 一人の魔族がそういいながら、立ち上がると同時に店内にいたほとんどの魔族がリリスに銅貨を渡し、店を出ていった。


「生きるためにあいつらも勇者を殺してるくせにな」


 勇者は苦笑いしながら彼を睨みながら店を出ていく魔族に対してぼやいていた。


「しかし、今日は珍しくサタンとサキュバスに会えてな、いやあ儲けた儲けた」


 サタンとサキュバスを一日で討伐した?

 目の前の勇者は見た目はあまりぱっとしないが意外と実力者なのかもしれないな。


「欲情している二匹を狙うと意外と高魔族でも簡単に討伐できるもんなんだよなあ」

「おい」

「ああ?」

「ここで飲むのはかってだがそういう話はおうちに帰ってマンマにでもしてくれるか? せっかくのジンジャーエールが台無しだ」

「ああ?俺がここでなに話そうが俺の自由だろうが?」


 勇者の自慢話を適当に聞き流していると、カウンター席のすぐ後ろのテーブル席から声が投げられる。


 勇者はそれに応えるように立ち上がると、ジンジャーエールを持ったまま後ろに腰かけていた魔族がいるテーブル席へと向かう。


「へえ、あんたもよく見たらサタン族じゃないか、あんたみたいな高位な種族様でもこんなちんけなところで飲むんだな?」


 あえて聞こえないふりをしたが、思わず眉間に力が入ってしまうのはおさえきれなかった。

 ちんけなところねえ。まあ店の見た目的にはそういうイメージはぬぐいきれないか……。


「おいおい、俺に喧嘩売るのは勝手だが、このバーに喧嘩売るのはおかしいだろ?」

「いやいや、このバーにはべつに喧嘩売ってない。数々の勇者を闇に葬ってきたサタン様でもこんな安いバーでもくるんだなと思って言っただけだよ。やっぱりこのご時世魔族も稼げないのか?」


 サタン族は多くの人がよく来てくれている常連だ。


 基本温厚な種族だと認識しているが、さすがに今回は挑発に耐えきれなくなったのか、持っていたグラスを激しく机に叩きつけ、その勢いでグラスが割れる。

魔族はそのままたつと、座ったままの勇者を冷たい目線で見下ろす。


「魔族だからってのはないんじゃねえか?安くてもいいバーだからここにくるんだろうが」

「魔族は魔族だろう?魔族はモンスターらしくおとなしく俺らに殺されてればいいと思うけどな?」

「お前らみたいなやつらに殺されるくらいならどんな汚い仕事でも引き受けたほうがましだよ」

「おいおい、勇者を低く見すぎじゃねえか?俺はこれでも15年は勇者やってんだ、あんまり甘く見るなよ?」


「あ? 心臓握りつぶすぞ」


 二人の距離はどんどん近づいていき、まさに一触即発。

 そんな様子をみてリリスが俺に不安そうな顔を浮かべて、というか若干泣きそうな顔をして近寄ってくる。


「マ、マスター……」

「わかってる」


 さすがにこれ以上見て見ぬふりしてると店がどうなるかわからん。

 俺は拭いていたグラスを丁寧に置くと、調至近距離で睨みあっている二人の間に割り込み、腕に力を込めそれぞれの距離を離す。


 なんか最近こういうこと多いよなあ。


「マスター、邪魔はなしだぜ?」

「そうだ、これは勇者と魔族の話だ、一介のバーのマスターには関係ない」


 勇者という職業があるかぎり魔族と人間の共存はできないかもしれないなあ。

 でもそれとうちの店内でドンパチやられるのは話が別だ。


「店のなかではご遠慮願いますかね?」

「……もちろんだ」

「迷惑はかけねえよ」


 そう言い放つと、二人はにらみ合いながら店の外に出ていった。

 出る直前に既に二人はそれぞれの武器を構え、戦闘態勢に入っていた。

 そして、一瞬の間の後店が揺れるほどの衝撃が外から伝わってくる。


「店のなかではといったがなぜ店の前ではじめるんだ……」


 頭が悪いのか? この世界の生き物は考えが直楽的すぎる。

 店の中はダメといったからと言って、すぐ外でやったら店内に被害が及ぶ。

 そんなことは考えないのか。


 俺は思わずため息を隠すことなく吐き出す。


「マスターどうするんですか?」

「とりあえず今は放ってお」


そこまで口にしたと同時に道路にそくしている窓ガラスと扉のガラスが一気に店内に割れて飛んできた。

 俺は即座に翼を広げてリリスをかばう。


「これはさすがにやりすぎだな」

「マスター、俺も助けてくれよ~。客だろ?」


 狐頭が全身から汗を流しながら抗議してくる。

 お前まだいたのか。帰っていたかとおもった。


 まあ今はそんなことどうでもいい。

 俺は狐頭を一瞥すると店の外にとびだす。

 

 飛び出した直後眼前に飛び込んできたのは、一人の勇者と一人の魔族がそれぞれの剣と長く伸びた鋭い爪を振り下ろそうとしていた。

 今まさにぶつかり合おうとしている剣と爪の下に潜り込むと、そのままそれぞれの刃を指でつまむ。


「またのご来店お待ちしております」


 そのまま思い切り頭を下げると同時に手を離す。すると剣を振る勢いで前のめりになっていた二人は、俺の力が加わったことにより流れを制御できずそのまま半回転し、宙に浮く。

 双方、半回転の無防備状態の背中に手を密着させると、魔法で風圧を作りそのまま二人を吹き飛ばした。


 吹き飛ばした瞬間二人の体がさらに反転し、呆けた顔をして俺を見つめていたが、一瞬で風圧で吹き飛ばされ二人ははるか遠くの闇に消えていった。


「……ふぅ」


 手首をひねりながらとけていた変化をかけなおす。

 魔族と勇者が一緒になるのはまずいか……。

 やっぱり少し対策を考える必要があるな。

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