5-8 リリスの誇り

「なあ、リリス……今一つ聞いてもいいか?」


 床に寝転がっていた体を起こしながら扉に向かって話しかける。 


「どうしたんですか?」


 俺の問いかけは扉の向こうから少し眠そうな声で返ってくる。


「いや、最近思うことがあるんだ……まあ大したことじゃないかもしれないのだが」


「なんでもいいですよ? 聞いてください!」


 リリスの声が少し高くなり、テンションが上がっているように感じた。

 いや別にリリスの豆知識を聞こうなんて思ってないし、すげえ個人的感情からくる疑問だからそのテンションの上がり方はよくわからんぞ。


「ま、まあそれじゃ遠慮なく」

「はい!」

「えっと……俺が作るカクテルは……まずいのか?」


 久しぶりに自分の口から出る弱弱しい声色。

 これを聞くのは怖すぎるのだ。もし肯定されてしまえば俺の存在価値はどこにあるというのか。


「…………」


 リリスからの返答は無言。

 直後二階全体に静寂が訪れる。


「俺は何を言われても怒りはしない、素直にリリスの感想を教えてくれ」


 むしろ無言が一番つらい。何か返してくれないと、いい歳したおっさんが一人部屋でおいおいと泣き崩れる地獄絵図が完成されてしまう。


「……ジンジャーエールはすごくおいしいですよ!」

「ジンジャーエールのことはきいてない、カクテルがどうかって聞いているんだ」

「…………」


「今日思ったんだ。倒れる客たちと日頃ジンジャーエールしか頼まれない理由を。俺はこの世界の者はアルコールに弱いのかと思っていたけど、それならそもそも他に酒場が存在している理由がわからない。だからな……もしかして俺の作るカクテルがまずいんじゃないかと思ってな」


 俺の独白の後再び訪れる沈黙。

 だから沈黙が一番つらいんだって……。おっさんの独白になんとか

「そんなことないです!」


 必死の言い訳の思考は、激しい音を立てながら開け放たれた扉と同時に部屋の中に転がり込んできたリリスの姿により、停止される。


「え? は? 何してんの?」 


「いてて……。い、いいですか、マスター! マスターが作るカクテルはマスターしか作れないんだから今まで通り自信をもって作ればいいと思います! まずそこにおいしいまずいは関係ないです!」


 美味を求めないのは飲食店を経営する上でどうなのかとは思うぞ。


「それにカクテルがどうであれマスターが作るジンジャーエールは間違いなくこの国一、いや世界一おいしいです! それは来てくれるお客さんと私が保障しています! マスターは世界一おいしいものを作れて、世界のだれも知らないものを作れる! だからそんなすごいマスター、アモンさんと一緒に働けることを私は誇りに思います!」


 リリスは一息で言い切ると、紅潮した顔で明るいどや顔を見せながら、親指を立ててみせる。なおまだ立ち上がらずに倒れたままだ。


「それとマスターは一つ勘違いしています」

「勘違い?」

「私まだマスターが作ってくれたカクテルを飲んだことないので、おいしいかどうかなんて判断できません!」

「そ、そういえばそうだったか……」


 まあでもたしかにカクテルにこだわりすぎて、ジンジャーエールを飲みに来てくれる客のことにしっかりと思考が回っていなかったかもしれない。

 そうだな、リリスの言うことも一理あるか。


「なんか……恥ずかしいな。でもありがとうな、じゃあ俺は気にせずに今まで通りカクテルを作るよ。それと……ジンジャーエールも誇りを持つ」

「いえいえ、偉そうに言っても私お店ではあまりお役にたっていないので」

「そんなことないぞ。リリスは俺の店にいてもらわないと困る。それくらい接客ははまってるぞ」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 リリスは飛び起きると俺に近寄ってくる。


「ああ、それはいいんだが……」

「ん?」

「その格好は、その……俺に見せてもいいのか?」


 リリスはやはり寝る直前だったのだろう。

 俺の目の前にいる女の子は下着姿で俺の真ん前に立っている。

 リリスはやっと自分の姿に気が回ったのか視線を自分の体に向ける。


「…………」

みるみるうちに顔が赤くなっていくリリス。

ここはなんとかフォローしなければ!

「い、意外と着やせするタイプなんだな」

「……いやーーー!!」


 やらかした。俺は余裕でよけることができるリリスの全力パンチをあえて自らの頬に受ける。

 うん、これは仕方ない。でもな、俺はその姿を望んだわけではない。

 ちなみに床に倒れていた時は、床と密着していた胸が押しつぶされて……その、壮観でした。


「ど、どこまで何を見たんですか!」

「どこまでも何も今目の前に広がっている光景を見ていただけだ」

「へ、変態!」

「俺が脱がしたわけじゃないだろ!」

「それでもすぐに教えてくださいよ!」

「いや、それはもったいな……リリスがいいこと言ってたから止められないだろ!」

「今何を言いかけました!?」


 リリスは俺の体を拳で叩いてきながら、俺はそれを素直に受けつつ口論を続ける。

 さっきまでの良い雰囲気はどこに消えたのか、俺の朱色の翼に負けないくらい顔を真っ赤にしたままリリスの暴力と罵倒、俺の反論は夜遅くまで家全体に響き渡っていた。

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