5-7 浮かび上がる一つの疑問
「どうしましょう……」
「まったくここはバーだぞ。飲めないやつがくるもんじゃないだろう」
目の前には泡を口からふいて床に転がっている魔族たちの姿があった。
お詫びで出したモスコミュールを飲んでから、フラフラになりながら店を出るもの、目の前の奴らのように倒れるものの二つに分かれた。
もちろん酒に弱い奴はバーに来るなとは言わない。そんな人でも楽しめる場所でありたいと思っている。
だがしかし一口飲んでこんな惨劇が生まれてしまう状況になると、ちょっと話が変わってきてしまう。
「マスター、ひとつ質問があるんですが」
「なんだ?」
「ここをジンジャーエール専門店にするつもりはありませんか?」
「え、そんなつもりはないけど?」
「そ、そうですよね」
俺のあまりの早さの返答に戸惑ったのかリリスは床に倒れている客を眺めながら、もじもじと体を動かしていた。
しかしリリスはなんて変なことをいっているんだ。俺はカクテルバーとして営業したいから店を立ち上げたんだ。
ジンジャーエール専門店にしてしまえば、それは俺が店を開く理由を失うのと一緒だ。
そんなことを考えると同時に一つの疑念も浮かび上がる。
リリスはむやみにそんなことを聞いてくるやつではない。
ドジっこではあるし世間は知らないが、決してバカではないのだ。
そんなリリスがこんな質問をしてきた。
そして目の前の客と帰って行った客のあの反応。
まさか……いやその前に目の前のこの惨状を何とかしないとな。
「このままでは店を閉められんな」
「そうですね……」
俺は頭に浮かんだ内容から逃げるように、目の前の客たちに目を向ける。
「仕方ない……店の外に放り出すか」
「ええ!? 大丈夫ですか?」
「勝手にぶっ倒れたのはこいつらだ。このまま店に置いてやる義理はない」
俺はそういうや否や片手に二人ずつ客を持ち上げ、計四人の客を両手に抱えると店の外に向かう。
後ろでリリスがバタバタと何かしているが、今は見ている余裕はない。
俺は客を担いだまま足で扉を開けると、道路を挟んだ店の向かいの野原に投げ捨てる。
「グべ!」
一瞬汚い声をあげたが、それでも客たちが起きる様子はない。むしろ白目をむいてしまっている。
ほんとあきれたものだ。ロックで蒸留酒を使っているわけでもないんだからアルコール度数もそこまで高くないはずだ。
そんなことを考えていると、俺の横をパタパタとリリスが走って通り過ぎる。そして走って倒れている客の前で立ち止まる。
「『透過』」
リリスが倒れて山になっている客に向かって両手をかざす。
すると野原にいた客は不可視されてパッと見誰もいないような形となる。
「へえ親切だな」
「これくらいしないと朝方に襲われるかもしれないので」
確かに明日の朝外に出てみたら四体の魔族の死体が店の前に転がってましたなんて、後味が悪すぎる。
その点こうやって不可視の魔法をかけておけば、少なくとも早朝まで襲われることはないだろう。
勇者がこの魔族どもを踏まない限りは……。
「ま、そこまでしてやる義理はないか……」
「ん? どうしたんですか?」
「なんでもない、店じまいして寝るか」
その後俺たちは店に戻り、汚れに汚れた店内をきれいにすると二階の住居スペース、それぞれの部屋に戻る。
当然だがリリスと俺の部屋は別の部屋で一人一部屋個人部屋は存在する。
しかしその間は扉二枚と狭い廊下を挟んだ先なので、正直普通のボリュームの声であれば、お互いそれぞれ自分の部屋にいても会話はすることができる。
そして一人になるとどうしても考えてしまう。
でも一人で考えたところ頭の中で巡るのは結局のところ堂々巡り。
一人で考えたところで答えが出ないのだから、ここは向かいの隣人に尋ねるとしよう。
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