5-5 夜も結局一触即発
少し時間がたち、店内も落ち着いてきたころ急にサキュバスはテーブルクロスにうずめていた顔を勢いよくあげると、俺を睨みつけてきた。
「おかしいわよね?」
「どうした、急にマスターの顔睨んで」
なんだ? 俺のことに気付いたのか? 実はどっかでこのサキュバスと会ってたとか? いや、いくら記憶を探っても彼女と過ごした記憶は出てこない。
アモンが忘れているだけって可能性も否定できないが。
「どうして、こんなにジンジャーエールがおいしいの? 何か秘密があるのよね? まさか……勇連とつるんで私たちをこのおいしさでなし崩しにしようとか?」
どんな飛躍した考え方したらそんな結論になるんだよ。
同じジンジャーエールを勇者の客にも提供してるんだよ。そんなことあるわけない。万が一国にこの店が利用されようものなら、真っ先に店を閉める。
そしてそのあと別の国でまたカクテルバーを開く。
その時はできればリリスも一緒ならありがたいな。あいつの接客スキルはもはや必要不可欠だ。
しかしちょっとでも正体がばれたかもしれないなんて身構えた俺が馬鹿だった。
目の前のサキュバスの認識を改めないとな。こいつはただの酔っ払いだ。
「な~に、黙ってんのよ。なんとか言ったらどうなの?」
「おいおい、マスターに八つ当たりするんじゃねえよ……」
心なしか羊頭の様子がカウンターテーブルに来た頃よりやつれているように見える。
バーで心労がかかるなんてだめだろ……。まあ俺自身が引き起こしたことではないから、何も言わないが。
「八つ当たりなんかじゃないわよ! そもそもここのジンジャーエールがこんなにおいしいから勇連を思い出したりするのよ!」
「それがやつあたりだっていってんだろうが! マスターのジンジャーエールと勇連はどう考えたって関係ないだろうが!」
「うるさいわね! 夢に出るわよ! もうやっぱりマスターでいいわ! 子作りするわよ!」
なぜか激昂しているサキュバスはカウンターテーブルから上半身を乗り出し、俺の腕をつかむと勢いよく引っ張り出そうとする。
しかし、俺はつかまれている腕を気にも留めずそこから一歩も動くことなく、グラスを拭き続ける。
さすがにこの酔っ払いをこのまま放置するのはまずいよなあ……。かといってうちの商品を褒めてくれてはいるわけだし、むげにするわけにもいかないよな。
「サキュバス! そのくらいにしとくんだ」
腕をつかんで躍起になっているサキュバスに声をかけようとした瞬間、店の後方から静かだがよく響く重厚な声がサキュバスに放たれる。
俺をつかんでいる手の力が緩むと同時に、声が聞こえた方からゆっくりと椅子を引く音と、しっかりとした足音が店内に響く。
サキュバスをまっすぐ見据えながらこちらに近づいてきたのは、一見何の変哲もないスーツを着た男性だった。
しかしこの何でもありのバーにスーツ姿の男がいると逆に目立つね。
「なによー? 私とやるつもり?」
サキュバスは完全に俺から背を向けると、ゆっくりと歩み寄ってくる男と相対している。
よく見なくてもサキュバスの翼からは獰猛な刃が見え隠れしてるし、普段隠しているのであろう長い爪は鋭くとがっている。
まったく、どうしてここの連中は誰もかれも喧嘩したがりなのか。
俺はもはや隠すことなく軽くため息をつくと、カウンターから出てサキュバスの暴走を止めようとした。
しかし俺が動き出す寸前、わずかな微笑みを携えた男と目が合う。
その目は確かに俺に動くなと言っているように思えた。
そんな脅すような眼をされてもな……いやあれは脅すというよりお願いされてる目か?
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