5-4 夜のお客様

「勇者がいないとジンジャーエールが進むね~」


 日が完全に暮れてしまい、外は暗くなっている。

 しかし店の中は魔族にあふれて、明るさであふれている。


 俺は目の前で勇者の愚痴を言いながらジンジャーエールをあおるおっさんの反応に困り、苦笑いをしながらとりあえず頭を軽く下げてみる。


 俺の目の前でジンジャーエールをちびちびと飲んでいるのは小さな身長100センチあるかないかの人間。

 これでもれっきとした魔族でこの国だと人間に狩られる側の存在だ。

 

 それに小さな人間といっても、見た目は完全にむさいおっさんだし、バーにいても何ら問題はない。

 ま、飲んでるのジンジャーエールだし……。魔族もそろいもそろってジンジャーエールしか飲まないし……。


 種族は確かドワーフ族だとか言っていたと思う。前のアモンの記憶でもそう絡んだ記憶がないから、詳しい情報が俺の頭にはない。

 そんな目の前のドワーフは精一杯背伸びして、テーブルに腕をついている。

 まあうちのテーブル、子供並みの身長が来るなんて想定してないからあ。


「マスターは結局のところ変化した魔族なのか元勇者なのかどっちなんだい」


 にやにやしながら俺に言いながらドワーフの隣に座ったのは羊頭の魔族。

 確かこいつはバフォメット族だった気がする。名前まで知らない。


「てやんでい!こんなとこでまで勇者の話をしてるんでないやい!」

「悪い悪い」

 ドワーフはグラスをテーブルにたたきつけるように置き、ふてくされたのか足をぶらぶらさせはじめる。

 いやさっきまであなたも勇者がいないととか言ってたじゃないか。

 俺は羊頭の質問をスルーしつつ思わず苦笑いしてしまう。


「悪かった、悪かった。また今度武器頼みにいくらさ、許してくれ」

「今度? バフォメットの今度なんて信用ならねえよ」

「わかったよ。じゃあ今日のここの代金はおごり。それでどうだ?」

「本当か? じゃあマスタージンジャーエールおかわりだ!」

「承知」


 どうやら取引が成立したらしい。羊頭は苦笑いを浮かべていて、ドワーフはふてくされた表情から一転満面の笑みを浮かべて俺に注文してくる。

 ま、金払ってくれるんならどっちが払おうと関係ないけど、結局頼むのはジンジャーエールなのか。


 俺はため息を押し殺しながら、ドワーフの空になったグラスを受け取り新しくジンジャーエールがなみなみと注がれたグラスを渡す。


 昼は勇者の客がほとんどなのに対して、夜は魔族の客がほとんどだ。

 たまに夜まで外で働いていた勇者が店に訪れるが、その時は大体いいことは何一つ起こらない。


「なんだ?荒れてるな、武器屋のだんな」

「こいつがこんなところで勇者の話なんかするからだよ!」

「だから悪かったって」


 カウンターにもう一人ドワーフが寄ってきて、仙人のような笑みを浮かべると、足元まで蓄えているふさふさの白いひげをいじりながら話し始める。


「しかし勇者連合組合は魔族狩りの規制基準を作ってくれたりしないのかね」

「あそこがそんなことするわけないだろ! 魔族狩りが立派なお仕事だって豪語してるんだからよ!」


 魔族も勇者と同じでそれ相応の悩みがあるようだ。


「勇連は相変わらずばかだね~、このままじゃお互いに滅亡の道へと辿っていくだけなのにね~」


 確かに人間にとって魔族は脅威なのかもしれない。現に人間を襲って生計を立てている魔族とか、残虐趣味がいきすぎて人間狩りを楽しんでいる魔族も存在しているわけだし。

 しかしそれで魔族全体を悪だというと、収拾がつかなくなる。


 実際ドワーフ族は鍛冶方面だと右に出る者がいないようだし、バフォメット族だって賢く交渉能力が高い。

 この国はそういったところを活かしきれてないんだから損してるよな。

 俺はこの国しか知らないわけだけど、この世界のどっかでは魔族と共存している国はあるのだろうか。

 リリスあたりがしれっと聞いてくれないかな。


 そんなことを考えながらリリスの方を見ると、店の中央のテーブルで他の魔族と楽しそうに何か話している。

 今日は休ませようと思ったのだが、リリスが大丈夫だと言い張るから夜からは普通に接客させている。


 そんなリリスの横を通って一人の妖艶な女性がこちらに近づいてくる。


「なになに? なんの愚痴? 勇連って聞こえたけど~? あ、マスターこんにちは。私ジンジャーエールね、それと私と子作りしない?」


 俺はあえて承知と言わずに、ジンジャーエールを注ぎ女性に渡す。

 どちらで承知したのかとられ方によっては俺の命と貞操が保障されない。


 まあこの体に貞操観念なんてないのかもしれないけど。

 前のアモンはこういう連中ともよろしくやってたみたいだし。

 とにかく心の貞操は守らなければ。


「たく、サキュバスは今日も血気盛んだね~、あんたには種族消滅なんてたいした問題じゃないだろ?」


「バカね~、私だってあんたたちみたいな低種族と子作りするくらいなら、高種族と子作りしてレベルの高いサキュバスを作りたいのよ! なのになんで勇連のやつは!」


「ドワーフ族が低種族だぁ!?」

「まぁまぁ死神族とかに比べたら確かに僕達は低種族のうちに入るだろうさ」


 ちっさいおっさんがまた喚きだしているのを羊頭が必死になだめている。

 ちょっと羊頭がかわいそうに思えてきたぞ。自重してやれ、ドワーフのおっさん。


 しかし高種族と低種族の差が、勇連となにか関係あるのだろうか。


「なによ!なんで高種族の方が報酬いいとかそんな基準作るのよ! そんなバカげたことしてたら高種族は減る一方じゃない!」


 なるほど、勇連は魔族にランク付けでもやってるのか?

 俺はサキュバスの様子を見ながら、昼と同様に完成しているジンジャーエールのストックを眺める。

 ほんとにこのジンジャーエール、アルコール入ってないよね? リリス入れた?


「マスター!」

「はい!」


 よそ事を考えてたのと、サキュバスのあまりに威勢のいい声に思わず返事をしてしまう。


「なんでこれこんなにうまいのよぉ」


 サキュバスは一瞬俺を睨みつけたかと思うと、そのまま机に突っ伏して泣き出した。

 うん、もしかしたらこのジンジャーエールは女にだけ効くアルコール成分でも入っているのかもしれない。

 そんなものがあったら店なんかに出さずに真っ先にプライベートで使いたいものだ。


「すいません、マスター、こいつの八つ当たりで」

「仕方ない! リリスちゃん、こいつにハンカチ貸してやってくれ!」

「はい!ただいま!」


 さすがのドワーフのおっさんも苦笑しながら、テーブルを拭いていたリリスに声をかける。

 リリスもすぐにカウンターに近寄ってきて泣き崩れているサキュバスに手に持っていたクロスを渡していた。

 あれ、リリスさんそれでさっきテーブル拭いてなかった?


「うー、リリスちゃんありがとう~。今日夜のお供にどう?」

「へ!? え!?」

「私女の子でも大歓迎よ。私が妊娠すればいいだけだし」


 何ちゅうとんでも理論だよ。

 泣きながらリリスを誘っているサキュバスに、リリスは慌てふためいて困ったように俺を見つめる。


「お客様、それくらいにしてやってください」

「じゃあマスターが相手してよ!」


 そういったかと思うと俺の返事を待つことなく、ジンジャーエールを一気にあおり、またテーブルに突っ伏してしまう。

 完全に酔っ払いじゃないか……。

 

 そんな一連の流れを見ながら周りの魔族は大笑いしている。

 いや笑わずにこの酔っ払いサキュバスをなんとかしてやれよ。むしろ誰かお持ち帰りしてやれよ。

 俺の心中なんていざ知らず周りの笑いにつられてか、リリスも笑っていた。

 リリスはやっぱり夜の方が自然に笑っている回数が多い気がするな。

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