5-3 度を過ぎたお客様
カウンターに乱雑に置かれた銅貨十五枚を丁寧に手を取ると、自分のズボンポケットに入れる。
「これで銀貨一枚の半分か……」
「なんだい?マスター金欠なのかい?」
まだ残ってたらしい男剣士がめざとくにやにやと笑いながら俺の方を見てくる。
思わずつぶやいてしまったが、どうやら聞こえてしまっていたらしい。
しまったな。
俺は苦笑を浮かべながら、剣士に向かって軽く頭を下げた。
「金欠ならあそこの魔族狩らせてくれたら、六割分報酬やるよ?」
……またか。正直ここまで言われるとうんざりしてくる。
俺は返事としていつも通り首を振って、それを否定する。
「さてとトイレして帰るとするか」
女アーチャーと男ガンマンが帰って少ししてから、大げさに伸びをしながら男剣士が立ち上がる。
そして金を出そうとせずに店外へと出て行こうとする。
「あ、お客様お代金は?」
「あ? トイレだけ先にさせてくれよ」
確かに店内にトイレはないため、外で済ませることになる。
確かに言い分はわかるが……。
それでもあわあわとしているリリスを前にして、男剣士はあきれたように言葉を続ける。
「金欠になってる店で飲み逃げするほど、貧乏じゃねえよ。マスタートイレくらいいいよな?」
相変わらずにやついた顔でこちらに尋ねてくる剣士。
まあ正直金払ってから外に行けといいたい気もするが、実際店内にトイレがないのが悪いわけだし、しょうがないか。
それに逃げられたとしても、俺なら余裕で追いつくだろう。
そこまで考えて俺は剣士に向かってうなずく。
剣士はにやにやと笑いながら、扉をゆっくりとあけて、外へと出て行った。
「マスター大丈夫なんですか?」
「大丈夫だろ、逃げたら逃げたでそのあと倍額請求する」
心配そうに剣士が出ていった扉を見つめながら近寄ってきたリリスに、他の客の相手を任せるため客席に戻す。
「!?」
数分後、異様な殺気を扉の外から感じた俺は、グラスをカウンターに置くと同時に、テーブルを飛び越え、扉の近くにいたリリスを自らの体に引き寄せる。
「へ? アモンさん?」
あっけにとられているリリスが間抜けな声を出すのと同時に、店の扉が勢いよく開かれる。
そこにはすでに背中の大剣を抜き振り下ろしている剣士の姿があった。
これは……。
「やりすぎだろ」
俺は焦ることなく、リリスを片手で引き寄せたままもう片方の空いてる手から刃を出し、剣士の大剣を受け止める。
「へえ、マスターも人間じゃなかったのか」
戯言を抜かす剣士はいまだに己で振り下ろしてきている剣に力をこめ続けている。
俺はそれを力だけで押し上げると、みぞおち狙ってひじをつく。
「うお!」
完全に体勢を崩していた剣士は俺の肘鉄をもろにくらい、そのまま店外へと吹き飛ばされていく。
吹っ飛んでいっている剣士から既に目を離していた俺は、引き寄せたリリスの手を引っ張って店内を横切る形で、店の奥に連れて行く。
「あの、マスター?」
「いいから今日は奥で休んでいろ」
いまだ状況をつかみ切れていないのであろうリリスはきょとんとしたまま、俺を見上げてくる。
そんなリリスの頭を軽くたたき、手を離す。
店内は一時静まり返ってきていたが、既に口々に今起こったことを話しだし、また騒がしくなっていた。
「さてと……」
俺はおとなしくその場に座ったリリスを横目で一瞥すると一部変化を解き、翼を広げる。
「え、マスター?」
そして飛び上がり店内を一瞬で通り抜けると、外に飛び出し腹をさすりながら戻ってきている剣士の目の前に降り立つ。
俺が急停止した風圧で剣士は一歩よろめいたが、俺の姿を見ていつものにやにやとした顔に戻る。
「お代は結構、今すぐお引き取り願えますか?」
「おいおい、マスターちょっとした冗談だろ?」
「冗談で出す殺気じゃなかったよな?」
あの時扉の前から感じた殺気は間違いなく店内の誰かを殺そうとしていた。
誰を何て考えたくもないが。
「たかがお遊びに本性現すなんてな、全く過剰反応だろ」
剣士は相も変わらずけらけらと笑いながら余裕面している。
毎回こいつ相手にストレス溜めるのも、営業に支障が出るか……。
しょうがない、少しお灸をすえるとするか。
「当店では……」
「……は?」
俺の様子が変わったことに気づいた剣士の顔がこわばる。
そして一気に顔に汗が浮き出ていた。
俺としてはちょっとずつ殺気を放出するつもりだったんだが……。
まあこの様子なら畳み掛けていいか。
「冗談でも店内で剣を振り回すなど、私の仲間をむげに扱う等の行為は見過ごせません。心が狭くて申し訳ありませんが、今後一切来ないでいただくようお願い致します」
しゃべっている内容とは裏腹に殺気を一気に放出した俺に気おされてか、目の前の男は完全に腰を抜かしている。
「じょ、冗談じゃねえ……」
「いえいえ、この程度はちょっとした冗談、ですよ?」
言っていることは冗談じゃないけどな。
笑いかけたつもりだったが、男は目を見開いて恐怖で顔が凍りついていた。
その男の瞳に映っていたのは、いつもの赤毛のおっさんの顔ではなく、「アモン」としての自分のカラス顔だった。
まずったな、そこまでするつもりはなかったんだが……。
もう十分だろう。俺は殺気を緩めて自分に変化をかけて人間の姿に戻る。
「ご理解いただけましたでしょうか?」
「ば、化けもんがやってる店なんて、こっちから願い下げだよ!」
男はそう言い放つと、あわてたように立ち上がり店とは逆方向に走り去っていった。
やれやれ……。
どうも勇者のお客はちょっとだけ苦手だな。
俺は頭をかきながら店に戻ると、俺が外に出ていたことにすら気づいていなかった客にたいそう驚かれた。
そのあとは特に何か起こるわけでもなく、他の勇者が帰るまで俺一人で店内を見ることになった。
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