5-2 金のない女勇者と裕福な男勇者
この世界の時間間隔は実にあいまいだ。
時間は1の刻から12の刻まででカウントしているが、それでも時刻が存在しているだけで、誰も気になんてしていない。
まあそれはいいとして、『ジンジャー』の開店時間としてはおおよそ5の刻から12の刻まで開いている。
3の刻から5の刻は俺は乾燥シナモン集め、リリスは店の仕込みを行っている。
店が閉まった後も、ジンジャーエールのストックを一緒に作っているわけだから、前の世界なら堂々のブラック企業認定になるだろう。
それでもリリスは開店してからいままで一度もサボることなく、文句を言うこともなく、最初から最後まで一日営業に付き合ってくれている。
正直リリスがここまでやってくれるなんて思ってなかったから、驚きだ。
なにかやらないといけないかもしれないな。俺にできることなんて限られているけど。
「いらっしゃいませ」
リリスの来店のあいさつとともに、三人の勇者が店に入ってくる。
夕暮れ時、夕方の狩りを終えた勇者が店にやってくる。
日が暮れるまでの時間は勇者しか店に来ない。
日が暮れてから魔族がちょこちょこ来店し始めるといった具合だ。
まあ勇者がいる店に来るなんて、魔族にとっては自殺行為みたいなものだしな。
この間の勇者と魔族を交えた満員状態はよっぽどイレギュラーの状態だ。
勇者に関して驚いたのは、たまに女性の勇者も来ることだ。
割合的にはやはり圧倒的に男の方が多いわけだが、女性の勇者も一定層は存在している。
「はぁアーチャーも楽じゃないわね、あ、霊族の女の子、私はジンジャーエールね」
女アーチャーと他二人の勇者は席に座るや否や迷うことなく、それを注文する。
「マスター、ジンジャーエール三つです」
「承知」
当たり前のように頼まれて売れていくのは、すべてジンジャーエールだ。
俺はこれを認めるつもりはないし、妥協するつもりもない。
どうせならカクテルを作りたいものだ。
「それでね、アーチャーなら魔族にも近づかなくて済むから楽だと思ったのよ。なのになによ!あの弓の強さ!あんなの毎日毎日ひいてたら腕なんかすぐ壊れちゃうわよ!」
注文後すぐに渡したジンジャーエールを片手に、アーチャーはものすごい剣幕で愚痴を並び立てている。
このジンジャーエール酒でも入っているのか?
酒がまわったかのようにすごい勢いでしゃべりだしたぞ。
そんなわけあるはずがないが、思わずさっきまでジンジャーエールが注がれていた手荷物グラスを眺める。
周りの男は困ったように女性を見ながら、ジンジャーエールをちびちびと飲んでいる。
「それに素早い魔族は弓ひいてる間に目の前まで来ちゃうしさ!結局この弓は殴打武器になっちゃってるわ!これじゃなんのためにアーチャーになったのか分からないじゃない!」
女アーチャーはジンジャーエールを飲み干すと、持ったままのグラスで机を叩き、そのまま机に突っ伏した。
全く行儀が悪い客だ。
「女勇者さんも悩みは多いねぇ」
女勇者の愚痴を聞きながらカウンターテーブルに移動してきた男ガンマンは女アーチャーの隣に座るとジンジャーエールを注文。
「ガンマンにはわかんないわよ~、この金持ちがー」
アーチャーの店内に入ってきたときの凛々しい雰囲気はどこかに消え去り、今はただ愚痴しか吐き出さないなよなよ人間になってしまっている。
このジンジャーエール本当に酒はいってないよな。
俺は男ガンマンにジンジャーエールを考えながら本気で考えた。
そういえばどうしてこの女勇者はガンマンでなく、アーチャーになったんだろう。
アーチャーが厳しいならガンマンに転職もありだろうに。
「俺が金持ちだってか?それは人聞き悪いな」
男ガンマンはけらけらと笑いながら、俺から受け取ったジンジャーエールを一口口に含む。
「……うまいな、評判になるわけだ」
男ガンマンはジンジャーエールを一気飲みしてさらにおかわりをしてくる。
うれしいんだが……釈然としないんだよなあ。
「それで?どうして俺がお金持ちだって?」
「何よ!あのガンマンの契約料!金貨三十枚って! それにそれ払えたって一丁金貨十五枚もするのよ!いくら楽できてもそんなお金あったら家でもたてるわよ!」
計金貨四十五枚……
酒が何樽買えるんだ。
「いいか?ガンマンの醍醐味はそれだけ必死にためた俺達が楽して魔族を倒せるってとこにあるんだろ?俺達は勇者で暮らしていくことが目的じゃない、ガンマンとして勇者をやっているというのが重要なんだよ」
「結局は金持ちの道楽じゃない!」
女アーチャーは銅貨五枚をカウンターテーブルに叩きつけると、憤慨したまま店から出ていった
「ストレスがたまっているのかね~。あのままだと無茶苦茶な戦闘しそうだし、追いかけるよ」
男ガンマンは楽しそうに笑いながら、銅貨十枚置くと手を振りながら、アーチャーを追いかけて店から出ていった。
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