第5章 昼のお客様・夜のお客様

5-1 肝の据わった接客リリス

 カクテルバー「ジンジャー」は昼を回って少しすると、勇者のお客様がちらほらと見えるようになる。

 こういうところで昼間からのんびりできる人間は朝に少し稼ぐだけで、暮らしていけるだけのレベルはある。


「マスター、あの霊族はやってもいいかい?」

 

 窓から陽がさすことのない憂鬱になりそうなこの世界でさらに陰険になりそうな、物騒なことを口走る勇者。

 目の前のカウンターテーブルに腰かけている剣士はリリスを見つめながら、毎回そういう。

 俺はいつものように、グラスを拭きながら首を振って応対する。

 気にしていないそぶりを見せているが、リリスのことを殺すとか殺さないとか言われると、少しいらっともする。一応信頼している仲間だからな。


「そうか~。それは残念だなぁ、相当のレア物なのになぁ」


 俺は剣を背負っているむさい男に軽く頭を下げる。

 最初の方は睨みつけたりもしたものだが、正直こんなことは日常茶飯事だし、気にした方が負けだ。


「それでマスターは最初からこんなちんけな場所に、店を構えようと考えていたのかい?」


「あの……ご注文はお決まりでしょうか?」


 実の間の悪いタイミングでリリスが若干おどおどとしながら剣士に近づく。

 それを剣士は機嫌悪そうに睨みつける。


「ああ?ジンジャーエールだってさっきいわなかったか?これだから魔族は使いもんになら「承知」


 俺はすでに完成していたジンジャーエールを剣士のテーブルに置く。

 少し乱雑においてしまったのか、どんっという大きな音とともにグラスの中のジンジャーエールが少しはねた。


「……怒んなよ、ちょっとした冗談だろ」


 剣士はそれを見て苦笑いしながら、ジンジャーエールをちびちびと飲み始めた

 

 しまった。少し行動に感情が乗ってしまった。これではプロとは言えない。

 目の前の剣士を視界に入れないようにしながら、思考をめぐらせ自分の感情を落ち着かせる。


 しかし勇者連合の者がくるとこんなことは一回や二回なんてもんじゃない。

 ほとんど毎日最低一回は似たようなやり取りをしている。


 失敗したなあ……。

 俺自身は変化していて見た目的には完全に人間だから、そんな心配はないのだが、リリスのことは失念していたといわざるを得ない。


 上半身は人間と何一つ変わらないのだが、まあ若干顔色は悪いが……問題は下半身だ。なんせ足がないのだ。足なんて気にしないだろうと思っていても、意外と見られているものだ。


 それとこれは最近知ったのだが、白のワンピース自体がそもそも珍しく、それだけでも霊族の判別になるという。

 それは気付けないよなあ。


 こうも毎日リリスの殺害予告が続くと、リリスの心情も気にかかるところだ。

 ぱっと見リリスは勇者達の発言を気にすることなく、接客しているがさすがに俺も内心までは読み取れない。

 昼下がりの波がひいたら一つ提案してみるか……。




「アモンさんお疲れ様です」

 

 人がいなくなったテーブルの片づけが終了したリリスがとてとてと走りながら俺に近づいてくる。


 夕方の狩りや採集に出かけるため、勇者は決まった時間に一斉に店を出る。勇者がでていくとしばらく店内に客はいなくなる。


「リリス、一個提案があるんだが」

「なんですか?」

「お前勇者が来たら……昼は奥に引っ込んどくか?」


「え?私使えないですか!?」


 リリスは俺の発言に驚きすぎたのか手に持っていた汚れたグラスをまとめて落としそうになる。


「いや、使えないって訳じゃないけど……」

「大丈夫ですよ! 私は働けます!」


 リリスはアピールするように体の前で拳を作ったり、腕を曲げて筋力があるアピールをしはじめる。

 しかしこぶは出てないし、顔色悪いし腕細いしで元気そうにも見えない。


「……まぁ気にしてないならいいけど」


 リリスは今でもグラスを落として割る頻度は高いが、接客は思っていた以上に、むしろできすぎくらいにできているから使えないことは絶対にありえない。

 俺なら、あんな自分のことを殺そうとしてくる客なんて相手にしていたら、三日でひきこもる自信がある。メンタルがもたない。


「片付けの続き、してきますね」


 リリスは考え事をしている俺を見て、キョトンとした顔で首をかしげながら、客席へと戻っていった。


 やっぱりリリスは臆病に見えて意外と肝が据わってるんだよなあ。

 ドジはするけど、グラスの割れる音は絶えないけど……。

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